写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

ニッコールZ 58mmF0.95 Sノクトを使ってみました。

  レンズ交換式カメラの主流がミラーレスになって各社それぞれの考えを持ってシステムの拡充を図っていますが、そのようななかでニコンは2018年8月23日のZシリーズの発表当初から交換レンズの中に『NIKKOR Z 58mmF0.95 S Noct』の発売を予告していたのです。とはいってもレンズ構成など仕様の詳細、さらには価格も含めてなかなか明らかにされずにいましたが、2019年10月12日から受注生産ということで販売が開始されたのです。この間いくらで発売されるのだろうというのが話題となりましたが、発表されて少し経った頃、ニコンの関係者のいる前で、写真仲間で発売価格はいくらになるかと話題になり、僕は125万円じゃないのと勝手にいったら、ニコンの人の目が真ん丸になったのをおぼえています。その125万円というのは、ライカノクチルックス-M50mmF0.95 ASPH.が発売当初そんな値段だったから当てずっぽうに答えたわけで、当然のこととして知るわけはないのです。しかし、目玉が丸くなったのを僕は見逃すわけなく、ほぼ間違いないなと思ったのです。

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ニコンZシリーズ最上位機種のZ7ボディにニッコールZ 58mmF0.95 Sノクトを着けました。専用フードが着いたこの状態で3Kg近くあります≫

 この“ニッコールZ 58mmF0.95 Sノクト”の推奨小売価格は1,265,000円ですが、意外と人気が高いようで、受注生産開始後1カ月もたたない11月1日に想定外に注文が多すぎるということで受注が休止されたのです。この間、私の知人では何と2人もこのレンズを入手していたのです。その使用結果はいろいろ見聞きしましたが、やはり自分で使ってみるのが一番です。ということで、このレンズを入手したのは2020年の7月の上旬ですから、7月12日から受注を再開したその初期ロットだと思うのです。 

 だいぶ前置きが長くなりましたが、さっそくレンズを見てみましょう。このレンズは驚くことばかりなのです。あらかじめ、すでに購入されていたMさんに聞くと外装の段ボール箱をその場で外しタクシーで運んだ方がいいとか、お店に聞くと梱包はするけれど運搬にはキャリーカートを持参されたいとかで、かなりの大きさで、重量物であることが事前にわかりました。実際に受け取ってみると、やはりハンドキャリーはむりで、キャリーカート持参は正解でした。

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≪左:段ボール箱、右:トランクケース≫

 さらにびっくりすることは段ボール箱を開けると中から専用のトランクケースが出てくるのです。樹脂製ですが、減圧弁までついていて、かなり頑丈に作られています。

 中を開けてみると、レンズ本体と同梱のフードが入いっていますが、そのほとんどは緩衝材のスポンジであり、一部にポケットが開けられてますが、いかにZ58mmF0.95 Sノクトレンズに付加価値を付けるかと腐心したであろう苦労がしのばれます。さらにこのトランクケースは、レンズ同様に受注生産であって、ケース単体だけも119,900円で売るというのですが、なかなかニコンユーザーの心理をくすぐるのがうまいです。

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≪左:トランクケース単体、右:トランクケースを開けたところ≫ トランクケースの取っ手部分中央の下が減圧弁、トランクケース内はほとんどがウレタンのスポンジが場所を占めていますが、上中央がレンズ本体、左が同梱の標準フード、右は物入れ、さらにNoctと書かれレンズ構成図が描かれた部分も物入れで、内部は2分割されていますが、Z7ボディを入れるのは少しきつい感じです。

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≪同梱の専用フードとレンズを正面から見てみました、商品名Noctが黄色く色づけられています≫

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≪レンズは10群17枚構成、右図の黄色部分はEDレンズ、シアン色部分は非球面レンズ使用を表しています。それぞれのレンズにはニコンならではのナノクリスタルコート、アルネオコートが施され、特に第1面にはフッ素コートがなされているので、水滴がついても軽く拭けば取り去ることがができるというのが特徴です≫

■Z7に装着して試し撮り

 今回取り付けたボディはニコンZ7で、Zシリーズとして最初に発表された時のボディです。Zシリーズは、Z7、Z6に加え、その後APS-CのZ50、さらにこの8月28日にはフルサイズのZ5を発売するというわけですが、Z7は現状ではシリーズ機中の最高級モデルとなるのです。

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≪Z7ボディとZ58mmF0.95 Sノクトレンズのマウント部。Z58mmF0.95 Sノクトにはフォーカシングはオートフォカスではなく、マニュアルフォーカス専用機ですが、各種情報をやり取りする電気接点はレンズ側にもフルに植設されていて数は11か所で同じです。実際はかなり精度高くフォーカスエイド機能が働きますので、それを指針にピント合わせということも考えられますが、やはり実際の画像でピントは合わせたいです≫ 

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≪レンズ鏡筒上部には液晶窓が開いていて、左側の丸いDISPスイッチを押すことにより撮影距離や絞り値を表示させることができます≫

■撮影して見たら

 本来ならばさまざまな場面で撮影してみたいのですが、今回はそれをフィールドに持ち出して撮影するためには天候もいまひとつでしたので、むしろF0.95という明るさを活かして身近な所で撮影することにしました。

 とはいっても実際は外に持ち出しましたが、ボディとレンズで約3kg近い重量は屋外で簡単に振り回すこともできませんし、首から提げて歩くのもかなりハードです。そこで撮影は少しだけ手持ちで行いましたが、基本的には三脚使用で撮影しました。その三脚も、カメラの重量からすると脚と雲台がかなりしっかりしたものということで、わが家の最重量級8×10インチ用のハスキーQuick-Setとなりました。

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≪撮影はこんな感じで行いました。なお、撮影はすべてJpgのFineで、Rawデータは使いません≫

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≪ハスの実、F0.95・1/2000秒、ISO100、手持ち撮影、AM6:00、曇天、無風。左右640ピクセルにリサイズしたために、見た目は柔らかく見えますが、実の部分はシャープです≫

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≪上の写真のハスの実の部分を画素等倍に拡大しました。4,500万画素の画素等倍ですから十分な解像を得ているとは思うのですが、カメラ重量、カメラ操作、自分の体力などから総合的に考えて手持ち撮影はこのレンズシステムでは難しいと考えました≫ 

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≪F0.95・無限遠風景です。F0.95・1/1600秒、ISO100、曇天、無風。画面全体を左右640ピクセルにリサイズして掲載しています。解像感は見れませんが、手前左の菖蒲の切り株から深度が浅いことは確認できます≫

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≪F0.95:画面中央の樹木の葉の部分を画素等倍で切り出してみました。下の部分に横に線が走っているのは電車の架線で、過去にこの場で撮影したほとんどのカメラの場合にはこの部分に色収差の発生が認められるのですが、Z7ボディとZ58mmF0.95 Sノクトの組み合わせでは認められません。ただし、これがZ58mmF0.95 Sノクトの光学的な性能そのものから派生しているのか、Jpgに出力するときに色収差の除去の画像処理結果の成果なのかはわかりませんが、葉が1枚1枚解像していますので文句ない画質です≫

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≪F5.6・無限遠風景です。F5.6・1/60秒、ISO220、曇天、無風。画面全体を左右640ピクセルにリサイズして掲載してるので解像感は見れませんが、手前左の菖蒲の切り株から深度が深くなったことは確認できます≫

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≪F5.6:F0.95の場合より解像の向上は十分認められますが、4,500万画素の画素等倍画像ですので、A2相当の実際のプリントに拡大しても解像力の違いは見えないだろうと考えます。結局、このような画面で絞り値変化の違いが出てくるのは、深度だけて言ってもよさそうなくらいです。それぐらいZ58mmF0.95 Sノクトの絞り開放の解像度が高いということになるのです≫

 ■絞り値変化によるボケ味の違い

 絞り値をF0.95・F2・F4・F5.6まで変化させて設定して同じポイントにピントを合わせた場合のボケ具合を見てみました。

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≪F0.95・1/1000秒、ISO100≫ F0.95のボケはとろけるように柔らかく、なかなか素直で美しい。

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≪F2・1/200秒、ISO100≫ 撮影距離にもよりますが、F2ぐらいの絞り込みがあってもボケ具合は美しい。

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≪F4・1/60秒、ISO140≫ 撮影距離にもよりますが、背景の丸いボケ具合を見ると、口径食の影響はあまり出ていません。

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≪F5.6・1/60秒、ISO280≫ どのくらいのボケ味か好きかによって設定する絞り値は変わりますが、ファインダー上で確認するよりは、実際のデータである程度の大きさに拡大して見るのがよいでしょう。どのボケが好きかは、撮影目的と主題によるわけでしてその変化の具合は意外とシンプルです。

 撮影は絞り優先AEで、各絞り値を設定していますが、シャッター速度が1/60秒を下限として、そこから先は撮像感度が上がっていくのですが、これはISO感度設定をAUTOにしているからで、手振れ限界シャッター速度を焦点距離58mmの場合には1/60秒を下限とするということなのでしょう。ただ、これはあくまでも理論値であり、レンズとボディの重量、さらには高画素イメージセンサーのことなどを総合的に判断すると、下限シャッター速度設定は1/125秒ぐらいでもよかったのではと思うのです。

 ところで、Z58mmF0.95 Sノクトレンズにおいて、この絞り値設定おける被写界深度を計算で出してみると、撮影距離を1m、許容錯乱円を0.026に設定して被写界深度を計算してみると、

F0.95:前方深度6.87mm、後方深度 6.96mm、合計深度13.83mm
F2:前方深度14.36mm、後方深度 14.78mm、合計深度 29.15mm
F4:前方深度28.34mm、後方深度 30.05mm、合計深度 58.39mm
F5.6:前方深度39.26mm、後方深度 42.61mm、合計深度 81.88mm

となりました。これを見てわかるように撮影距離1mでは、絞り開放F0.95の場合で14mm弱で、上掲のようなシーンでは撮影距離がもっと近いわけですから、それぞれの深度はさらに浅くなるわけです。

■絞り開放F0.95から十分シャープ

 それぞれの絞り値変化での描写を画素等倍まで拡大して見ました。

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≪画素等倍の画質、左:F0.95、右:F2≫ 絞り開放F0.95で十分な解像力を持っていますが、F2に絞ると紅葉したサクラの葉の葉脈がよりシャープになりました。

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≪画素等倍の画質、左:F4、右:F5.6≫ F4に絞るとさらにシャープになってきます。F5.6に絞ると左下の茶色の斑点部分をよく見ますと深度が増しているのはわかりますが、葉脈のシャープさはF4のほうがあるようにも見えます。いわゆる回折現象の影響でしょうか、それとも撮影のバラツキから出てきた現象でしょうか?

 いずれにしても絞り開放F0.95から必要十分な解像力を持ち、絞れば解像力は増してくるというのは一般的なレンズと大きく変わる部分ではありません。ただしこれは4,500万画素Z7の場合であるわけですが、一般的な大きさの拡大展示においてはプリント上では判別できるかは不明です。なお、画素等倍に拡大した状態で葉の周辺には色収差やフリンジはまったく認められませんので、光学性能の高さと画像処理のうまさがあるのだろうと考えました。

 ところで、ニッコールZ58mmF0.95 Sノクトのパッケージをお店から担いで帰ってきて、開梱して最初にのぞいたのが以下の写真の場所なのです。ここで見えたのは、撮影にあたりマニュアルフォーカスですから、徐々に拡大して見えたのがシステムキッチンの扉の木目調プリント地なのです。この拡大画面は低倍率(50%)、等倍(100%)、高倍率(200%)とあるのですが、高倍率200%でも極めて明快にピントの山がつかみやすく、ピントを合わせやすいのです。これは、EVFファインダーがいいとかいうことでなく、光学系、つまり撮影レンズの解像力、収差特性などに依存するのだということで、早速翌日は朝5時半に起床して撮影してきたのが上の写真なのです。当日は、わずかに雲がでていて無風でした。結果としてテスト撮影にはベストな条件であったと思うのです。

 以下最初の開梱でビックリした場面を再現してみました。

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≪F0.95・1/60秒、ISO140、ハスキーQuick-Set三脚使用、ピントは≫ ピントは中央の白い台の部分より下の扉の右側の木目調プリント地に合わせてみました。カメラからピントを合わせた所までは約4.3mです。

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≪そのピントを合わせた部分の画素等倍拡大がこのカットです。この木目模様の細かい柄でピントがキリっと合わせられるのですからすばらしいと思ったのです。上の扉の部分まで入れて切り出しましたが、ピントは外れていてボケていますが、それぐらい深度は浅いということになります≫

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≪そのフォーカス部分にマイクロ写真用の解像力チャートを置いてみました。ピントはチャートのピッチを見て行いましたがモアレが発生して合わせずらかったです。これは撮像素子の画素が縦横に並んでいるため、解像力チャートの黒白バーに直行し平行に並んでしまうために干渉縞が生じると考えますが、4.3m先に置いたチャートのピッチが4,500万画素撮像素子の画素ピッチより細かくなっていることになります。いずれにしてもレンズの解像力が高いから出てくる現象といえるでしょう≫

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≪そこで、チャートを45°回転させて撮影してみました。ご覧のようにチャートのピッチ0.8ぐらいまで解像しています。これは、撮像素子のピクセルが正方形であることを裏付けることになりますが、チャートのピッチがさらに細かい部分ではモアレが生じます。≫ 

 ■高性能だけど

 ニッコールZ58mmF0.95 Sノクトは発売直後の受注休止を終えてのこの時期の発売となったわけですが、実際私の知る限りではこの1本を含めて3人もの人が身近で購入しているのです。やはりニコンというのは素晴らしいファンを抱えていることは間違いないのです。

 過去に私は、アンジェニュー25mmF0.95(1953)、キヤノン50mmF0.95(1961)、キヤノンEF50mmF1.0L USM(1989)、ノクチルックスM50mmF0.95 ASPH.(2008)、コシナ・ノクトン25mmF0.95(2010)を使ったことがありますが、いずれも普通の大口径交換レンズとして使用することができました。その性能は発売時期と価格に大きく影響されるわけですが、Z58mmF0.95 Sノクトは最も新しいだけにあって性能も高性能です。しかし、高性能と引き換えにF0.95付きボディを振りまわすにはかなりの力と勇気を要するのです。この辺りはどのように考えたらよいのでしょう。

 今回私に購入を依頼してきた、Ⅰさんはコレクターだから持っていることに価値があると豪語していますが、聞くところによると夕闇迫った牧場で、ニッコールZ58mmF0.95 Sノクト、Aiノクトニッコール58mmF1.2S、オリジナル・フォクトレンダーノクトン50mmF1.5(L39)、エルノスターのついたエルマノックスなどのレンズやカメラを愛でながら、サム・テイラーのハーレム・ノクターン を聞く会を開くというから優雅なものです。 

  なお、このブログでノクトニッコール関係では、過去に「AF-Sニッコール58mmF1.4GとAiノクトニッコール58mmF1.2S」というレポートをアップしていますが、この時にはAiノクトニッコール58mmF1.2Sの画質の良さを思い知ったのです。

 最後に、8月末にはZシリーズフルサイズ機の「ニコンZ5」が発売されます。SDカードのダブルスロットだというのですが、すでに発売されているZ7、Z6をSDカード仕様に改良するようなことはできないのでしょうかと切に願う次第です。