フォクトレンダーのコシナが、研削非球面レンズを採用した『ノクトン50mmF1 Aspherical VM』を1月に発売しました。このレンズの最大の特徴は、F1と大口径なことですが、非球面レンズの加工に研削方式を採用したことで高融点で高屈折な硝材が使えたことです。この研削非球面レンズを採用することにより、高度な収差補正が可能となり、レンズ構成も単純化でき大口径ながら小型化できるというのです。
現在、非球面レンズの加工法は、①成型によるモールド法、②複合非球面、③研削法とあるわけで、モールド法の素材はガラスとプラスチックがあり、いずれも素材としては低融点であることが望まれます。複合非球面はガラスと樹脂の組み合わせで、樹脂を硬化させるのに熱と紫外線照射による方法がありますが、経時による問題があるとされています。研削非球面は1枚ずつの研磨によるために生産効率は低く、製品コストも高くなるとされています。他社の最新交換レンズでの研削非球面の採用を見ると、キヤノンでは「RF50mm F1.2 L USM」、「RF85mm F1.2 L USM」、ニコンでは「ニッコールZ 58mm F0.95 S Noct」などがあり、いずれも大口径で標準、準望遠域に採用されていて、高価でありますが、その中でも同じ標準域のキヤノンが約30万円、ニッコールの約110万円に対してノクトンの約22万円は安価だといえるのでしょう。
さて、いろいろと講釈を述べるのはここまでにして、いわゆる大口径レンズの描写はどうなのだろうかと改めて考えてみようと、2010年に発売された「ノクトン50mmF1.1」と比較しながらいつもと同じように使っていたのですが、ノクトン50mmF1を使い始めたら、ライカカメラ社が新型の「M11」を発売したのです。そもそも『コシナ・フォクトレンダーノクトン50mmF1 Aspherical VM』は、コシナの『VMマウント』とは、ライカMマウントと同等なため、新型ライカがでたら当然最新モデルでどうだろうかと考えるわけでして、さっそく試してみました。
■デジタル時代の大口径レンズ
大口径レンズはフィルムカメラの時代は、感度でカバーできない部分をレンズの明るさでかせごうという、暗所用のハイスピードレンズだったのです。ところがデジタルといえば超高感度も自在でISO数万という機種も数多くあり、ここで使用する最新のライカM11ではISO50000の設定が可能ですから、いまさら大口径である必要はないのです。ところが、デジタルの時代になっても、ライカ用に、さらにはミラーレス一眼用に大口径レンズが各社から発売されています。これは、デジタルになって高速シャッターが切れるようになったことで、大口径ならではの深度の浅い画像が撮影できることがメリットだと思うのですが、大きさ・重さもそれぞれであり、価格もピンキリで100万円を超えるものから10万円を切るものまでとバリエーションも豊富です。
コシナ・フォクトレンダーは、もともと大口径レンズの実績が多く、最近はM4/3規格に、やはり研削非球面レンズを使った「スーパーノクトン29mmF0.8アスフェリカル」を2020年11月に発売するなど大口径レンズに意欲的です。今回は、旧タイプの50mmF1.1(2009年)も横において、使ってみました。
≪左:ライカM11にフォクトレンダーノクトン50mmF1 Aspherical 、右:ライカM9にフォクトレンダーノクトン50mmF1.1を装着≫ どちらも専用フードを付けてあります。F1は、バヨネット式で取り外して裏返して収納可能。F1.1はスクリュー式で裏返すことはできません。フィルター径は、F1が62mmφ、F1.1が58mmφです。
≪左:オリジナルノクトン50mmF1.5、中:ノクトン50mmF1、右:ノクトン50mmF1.1≫ 参考までに置いたオリジナルノクトンは1950年に発売されたフォクトレンダープロミネント用です。
≪コシナフォクトレンダー50mmF1と50mmF1.1底面比較≫ F0.1明るいと口径は当然のこととして大きくなります。F1.1のレンズ先端からマウント基準面まで57mm、F1は54mmで口径は大きくても全長は短くなっています。これは写真を見れば、後玉が飛び出していることから納得できます。左にはF1のレンズ構成図を載せました。最後玉と最前玉には非球面レンズが使われていて、前部の非球面は研削非球面レンズだというわけです。このような、レンズ構成図の配置は本来ならあってはならないのですが、実写真との比較でこのように置いてみました。
≪それそれの絞りの形を見てみました≫ 左から、オリジナルノクトン、50mmF1.1、50mmF1です。いずれもF5.6に設定してますが、F1はかなりの円形絞りであることがわかります。
≪ライカMマウントはユニバーサルマウント≫ ライカMマウントはミラーレス機の登場で、一気にユニバーサルマウントとしての価値を高めました。これはマウントアダプターを介することにより単に古いライカレンズが使えるということでなく、各社のボディでさまざまなレンズを楽しめるのです。このミラーレス一眼用のマウントアダプターとしては2008年に発売されたパナソニックの「ルミックスG1」では、ライカMとライカRマウント用の変換アダプターが純正のアクセサリーとして発売されたのですから、ミラーレス機にライカレンズを使うというのは、正しい使い方であたりまえのことなのです。写真の左側は、ソニーα7RⅣにAFを可能とするTECHARTのマウントアダプターを付けてノクトン50mmF1を、右はTTArtisanのマウントアダプターを介してニコンZ7にノクトン50mmF1.1を取り付けました。このようなマウントアダプターは各種ミラーレス機用に販売されているわけですから、「ライカMマウントはユニバーサルマウント」というわけです。
ところで、レンズ構成図を載せた部分の写真を見てお分かりのように新50mmF1の後部は旧50mmF1.1に比べてバックフォーカスが短いのです。これはライカMマウント用レンズだけど、明らかにミラーレス一眼を考慮した設計だと考えました。2020年にコシナはソニーEマウントのアポ・ランター50mmF2を発売し、その後Mマウントのアポ・ランター50mmF2を発売しましたが、それぞれのレンズが各マウントに適切化された設計がなされたというのです。実際Mマウントのアポランター50mmF2をソニーα7RⅣに付けて比較すると周辺がかなり流れたのです。これはバックフォーカスとフランジバックの関係から、ミラーレス用に開発されたレンズをライカMマウント用に転用するにはそれなりの修正設計を必要としたということで、ソニー用の光学系とライカM用の光学系がそれぞれ設計されたと考えるのです。新50mmF1では、最初からミラーレス一眼用にも流用できるように設計して、バックフォーカスを短くして、ライカM用のレンズを設計したと私は考えるのです。
すでにコシナはニコンからZマウントのライセンスを受けて、APS-C、フルサイズの交換レンズの発売を予告していますが、ニコンZマウントの『ノクトン50mmF1 Aspherical 』がでてくるかも知れませんというわけです。特に『ニッコールZ58mm F0.95 S ノクト』は、マニュアルフォーカスなので大口径レンズとしてスペック的には近似しているので発売されれば注目を浴びるでしょう。
■さまざまな場所でさまざまなカメラで撮影してみました
≪いつもの英国大使館:ライカM11≫ 晴天、午前10時、絞りF5.6、中央屋根下のエンブレムにピントを合わせるを決まりにして定点観測的に撮影してます。F5.6・1/527秒、ISO-AUTO 64、AWB、三脚使用。正確なピント合わせを行いたいことから当初は「フォクトレンダーVM-Eクローズフォーカスアダプター」を介して同じ6000万画素のソニーα7RⅣで撮影していましたが、途中からライカM11がきましたので、コントラストや色づくりの違いはあるものの、エンブレム部分を拡大すると解像、階調などに大きな違いはありません。したがって、エンブレムの画素等倍画像は省略しました。
≪ガスミュージアム、ライカM9≫ ライカM9:F5.6・1/2000秒、ISO-AUTO 160、-0.7EV、AWB、三脚使用。ライカの色づくりは少なくともCCDのM9とCMOSのM11でも似ているのです。そこでソニーα7RⅣと同じ被写体を撮影して比べてみました。後で気づきましたが、マイナス補正がかかっていました。(小平にて)
≪ガスミュージアム、ソニーα7RⅣ≫ ソニーα7RⅣ:F5.6・1/1250秒、ISO-AUTO 100、AWB、三脚使用。ソニーのα7Rは、1型ではかなりマゼンタ系が強い発色でしたが、2型からこのような発色になりました。どちらが良いかとか言うことではなく、露出レベルや好みによっても変わります。レンズ的に見ますと、これもまた難しく、露出レベル、画像を展開するソフトウェアやモニターによっても変わりますので、この画面からはα7RⅣの左右端の青空の部分に周辺減光をわずかに感じます。そこで、M9のトーンカーブをいじり空を同じような明るさにするとソニーα7RⅣの減光に似たようになり、M11で同じF5.6で撮影した英国大使館の空もま似たような描写ですからレンズに依存すると考えて問題ないでしょう。解像度的には1850万画素のM9と6000万画素のM11では当然違います。
≪降雪の武甲山と三菱マテリアル:ライカM11≫ F5.6・1/320秒、ISO-AUTO 80、AWB、手持ち撮影。無限遠の景色ですから、ヘリコイドを∞位置にセットして距離計の二重像合致もぴったりでした。最近は、距離計連動機の場合には自分でピント位置調整をする中国製のライカMマウント大口径レンズを見受けますが、このあたりはさすがコシナです。画質的には、左右640ピクセルではわかりにくいですが、石灰岩採掘のために削られていく作業用の横筋が良くわかり、手前の三菱マテリアルの工場も細かく描写されています。(秩父にて)
≪水鏡: ニコンZ7≫ F1・1/8000秒、ISO-AUTO 80、AWB、手持ち撮影。池の端に生える冬枯れた葦の茎にピントを合わせました。水面に写る葦と背後の木々の枝も微妙ですが、撮影距離からすると背後の木々の枝が大きくボケているのがF1という大口径ならではの描写です。拡大すると葦の茎は細かく解像してます。このように天気の良い場所でも開放のF1で撮れるようになったのはフィルムカメラ時代のライカでは考えられないことでした。ニコンZ7でのEVFによるピント合わせは、拡大しないでも確認できるほど見やすいでした。(東村山北山公園にて)
≪葦: ニコンZ7≫ F1・1/8000秒、ISO-AUTO 64、AWB、手持ち撮影。葦の枯れた穂の部分を1ポイントねらってみました。計算によると許容錯乱円を0.026mmとすると撮影距離1mで前後の合成被写界深度は19.8mmとなりますが、それだけピントの合う範囲が狭いということになります。(北山公園にて)
≪木造3階建の鰻屋さん:ソニーα7RⅣ(AF)≫ F1・1/4000秒、ISO-AUTO 100。創業が1807年という老舗のお店の前にはいつもお客さんが待っているので、人物を避けて木造建築の2階と3階を撮影。TECHARTのマウントアダプターを付けてのAF撮影だからすこぶる快適でした。(川越にて)
≪柳沢保正さん:ライカM11≫ F1・1/320秒、ISO-AUTO 250、AWB、手持ち撮影。写真家・種清豊さんのベルリンの写真展でお会いした、デジカメスナップショットの名手柳沢さんをパチリ。横640ピクセルではわかりませんが、この手の高度に収差補正された大口径レンズでは前後に位置する細かい線などでは色収差が発生することがたまにあるので要注意です。(銀座キヤノンギャラリーにて)
≪アンティークな椅子:ライカM9≫ F1・1/360秒、ISO-AUTO 160、-0.7EV、AWB。ノクトン50mmF1は、絞り開放でも解像度が高いですが、おおむね大口径レンズは光沢感のある部分の方がシャープに見えます。時を経た木部の光沢に対し、赤いビロード地の立毛の部分が大口径ならではの柔らかなボケと相まってそのコントラストが良い感じです。(ガスミュージアムにて)
≪アンティークなガスストーブ:ライカM9≫ F1・1/360秒、ISO-AUTO 160、-0.7EV、AWB。椅子の近くにあったガスストーブだが、なぜか露出は同じでした。鉄製の黒光りする上部は、反射もあり立体感ある描写となっています。(ガスミュージアムにて)
≪ダイヤモンドホテルの紋章:ソニーα7RⅣ≫ F1・1/640秒、ISO-AUTO 100。あえて光沢感のある金属の紋章と柵を正面から狙い、絞り開放で背後のボケを見てみました。ボケ具合はムラなく均等な感じが好印象を持ちました。(千代田区にて)
≪お参りの麻縄:ソニーα7RⅣ(AF)≫ F1・1/8000秒、ISO-AUTO 100。F1開放でどれだけのシャープさをもつか試してみましたが、あまり現実的なシーンではありません。これならば、望遠系のレンズを使い麻縄の房をしっかりと描写させ、背後のボケを得たほうが良いわけですが、50mmF1レンズの1本勝負としては、本来ならF2程度に絞る方が良いのでしょう。何でもかんでも絞り開放で撮ろうとした弊害ですね (^_-)-☆。(川越にて)
≪布袋様:ソニーα7RⅣ(AF)≫ F1・1/500秒、ISO-AUTO 100。瞳AFが作動しましたのでシャッターを切りました。一般的に布袋様は玄関に置くのですが、お金を胸に貼付けて商店の入り口に置いてありますので、お金が、入ってくるようにとのことでしょうね。いつも撮ってしまいます。(川越にて)
≪ほうずきの実:ライカM11≫ F1・1/1500秒、-1.7EV、ISO-AUTO 64、AWB、手持ち撮影。夕暮れの新宿を歩いていたら、ほうずきの実が風に飛ばされて階段の脇でころころと動き回っていましたので、拾い上げて西日の当たるツツジの植栽の上に置いて撮影してみました。-1.7の露出補正をかけていい感じに仕上がりました。拡大するとほうずきの質感が良い感じで描出されています。近接時の深度の浅さと前側後ろ側のボケ具合がわかります。(新宿高層ビル街にて)
≪LEDイルミネーション:ソニーα7RⅣ≫ F1・1/30秒、ISO-AUTO 200。このカットをすばらしいと思うかどうかは好みの問題ですが、昨今の傾向としては、さまざまな形のボケ具合を楽しむ傾向が強いのです。この場面ではピントを外した部分ではコマ収差が満開といったところで、大きく伸ばすと中心から周辺に拡散していくその変化を楽しめます。これは標準大口径レンズならではの妙味であって、私の実写経験からしても100万円を超えるものでも発生するのです。(恵比寿ガーデンプレイスにて)
≪口径食を見てみました:ソニーα7RⅣ≫ F1・1/200秒、ISO-AUTO 100。特に暴れているわけではなく、中央の真円から左右・対角方向にレモン形に移行していくのもこの種のレンズのつねです。(新宿にて)
■ノクトン50mmF1 Aspherical を3種のボディで比較検討した結果は
大雑把に言ってしまうとこの種の大口径レンズは、絞り開放ではふわっとした描写で、絞ると普通のレンズになるというのと、絞り開放からピシッとした写真が撮れるレンズに2分されると思うのです。その点においては『コシナ・フォクトレンダーノクトン50mmF1 Aspherical VM』は後者のレンズに属するといえるでしょう。今回の撮影は一部を除き、ほとんどが絞り開放F1で撮影しました。本来の撮影では被写体によってはある程度絞り込んでもいいのですが、作例ではひたすら絞り開放で通しました。
今回のレポートでは、写真仲間のTさんからタイミングよく「ライカM11」が持ち込まれたことにより、ライカMマウントはユニバーサルマウントとして考えてよいのかということをチェックポイントに加えたために、ボディをライカM11、ライカM9、ソニーα7RⅣ、ニコンZ7の4機種を結果として使用しました。これは、同じ6000万画素の裏面照射型CMOSで、ノクトン50mmF1 を使ったときにソニーα7RⅣとは相違はあるのかということと、バックフォーカスが短くなったことからミラーレス機として画素数はわずかに少ないですがニコンZ7を加えてどちらが描写特性がいいのかということも調べました。このためには、被写体を同一にして複数のボディとレンズの組み合わせでチェックしましたが、各機種のコンディションなどがあり、明確には断定できませんがノクトン50mmF1はミラーレス機を視野に入れて設計されたのではとの結論に至りました。
これは交換レンズメーカーとしては当然のことで、フルサイズのマウント径としては各社マウント径の中で最も寸法の小さいライカM(43.9mm)に合わせながらも、ミラーレス機の特性に近づけて光学系全体を撮像面側に約3mm寄せたと考えました。
最近、ミラーレス機は各社ともフラッグシップ機は高価で機能も上がり、私が性能を検討するにはそろそろ限界かなと思っていた時に、写真仲間のMさんから「ノクトン50mmF1」が持ち込まれ、さらにそのテスト中にTさんから「ライカM11」が持ち込まれて、すべて実写はやり直したのです。それでもどちらも発売されたばかりの機材を長期にわたり貸し与えてくれたわけですから感謝の気持ちでいっぱいです。(^_-)-☆
以下の京都MJのページで、同じ記事の作例写真を画素等倍にして見られます。
http://www.mediajoy.com/mjc/ichikawa_test/ichikawa_part53_1.html