本記事は京都MJのサイトで再掲され、作例を画素等倍まで拡大して見ることができます。
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ノクトン(Nokton)といえば最近はコシナのフォクトレンダー・ノクトンがよく知られていますが、元は1950年に西独・フォクトレンダー社(Voigotalnder)から発売されたレンズ交換式のレンジファインダーカメラ『プロミネント』の交換レンズのうちの1本が「ノクトン50mmF1.5」でした。
ミラーレス一眼の普及によりクラシックレンズに光があたるようになって久しいですが、クラシックレンズは何が魅力なのか人それぞれです。そこで大きく分けると、1)クラシックゆえの収差の取り切れていない描写をあえて強調させて作品づくりをするのと、2)古いレンズの中にデジタルの現在にも通用する結像の良いレンズを探し出し、作品づくりをするのが楽しみ、という方々ということになります。ここでは、クラシックレンズとしてのノクトン50mmF1.5の描写を紹介してみましょう。
■ライカスクリューマウントのオリジナル・ノクトン50mmF1.5
1950年に西独・フォクトレンダー社から発売された「プロミネント(Prominent)」≪写真1≫の交換レンズのなかで最も明るいレンズとしてノクトンがありました。
≪写真1≫ ノクトンを装着したフォクトレンダー・プロミネント(1950~60)とノクトン50mmF1.5のレンズ構成(5群7枚)。プロミネントは距離計連動でレンズ交換が可能ですが、シャッターはビハインド式のレンズシャッターです
NOKTONとは、ドイツ語で夜を意味するNachtであり、英語のnocturnal=夜行性のということで、つまり夜の撮影に向いた大口径レンズであり、ライカのノクチルックス50mmF1.2(1966)、ニコンのノクトニッコール58mm F1.2(1977)など大口径として同じような意味で使われています。プロミネントのレンズマウントはプロミネント専用のマウントで、このプロミネント用ノクトンの中にきわめて少数のものがライカスクリューマウントとコンタックスマウント用として初期の段階からで発売されていました。今回の使用レポートは、2本のライカスクリューマウントの「オリジナル・ノクトン50mmF1.5」レンズを、シグマfpとソニーα7RⅡにマウントアダプターを介して取り付けて≪写真2≫撮影してみました。
≪写真2≫ ソニーα7RⅡとシグマfpにマウントアダプターを介して装着
外観からするとレンズ形状は一見したところ同じように見えますが、左側のノクトンは絞りリングの後ろ側とマウント側のリングが黒く仕上げられていて、右側のノクトンはクロームメッキのシルバーだけです。シリアルナンバーを見ると左は№3161601で製造年は1950年、右は№3339596で1952年製のようです。どちらもフォクトレンダー社の出荷番号リストの中にライカスクリューマウントとして記載されています≪写真3≫。
≪写真3≫ 同じライカスクリューマウントのノクトン50mmF1.5でも鏡胴の仕上げが異なります。
またこのノクトンは、途中から2層の多層コーティングがなされたとも一部に伝えられていますが、少なくともこの2本のノクトン≪写真4≫は右がシアン系の単層コート、左がシアンとアンバー系の単層コートというわけで、同じ単層コートであっても、異なるコーティング素材を組み合わせて使用しているということから、コーティング種からも左側のノクトン3161601のほうが古いことがわかります。このほかの身近にあるプロミネントマウントのノクトン50mmF1.5を調べてみますと、№3259883はシアンとアンバー系のコーティングが施され、№3712804はシアンとアンバー、パープルの組み合わせであり、時代とともに徐々に同じ単層コーティングでも変化していったのがわかります。
≪写真4≫ 同じライカスクリューマウントのノクトン50mmF1.5でも製造年でレンズコーティングが変化しています。 左は開放絞りのF1.5、右は絞り形状を見るためにF16に絞ってあります。もう1つ注目したいのが、レンズの最大口径比の書き方が、左はF1.5、右はF1,5となってる点です。“,”カンマ表記はツァイスレンズの最大口径比の表記に今でも使われています(すべてではありません)が、フォクトレンダー社がツァイス・イコングループに加わったのは1969年であったので、それ以前にどうであったかは不明です
このノクトンはドイツのレンズ設計者であるトロニエ(アルブレヒト・ウィルヘルム・トロニエ:Albrecht Wilhelm Tronnier、1902~1982)が設計しました。トロニエ自身は、シュナイダー(Schnider)、イスコ(ISCO)、フォクトレンダー、ツァイス(Zeiss)などと光学メーカーを転々としていますが、その過程でクセノン(Xenon)、アンギュロン(Angulon)、ウルトロン(Ultron)、ノクトン、カラースコパー(Color Skopar)、アポランター(Apo Lanthar)等々多くの名玉を設計しています。
なお純正のライカ用の50mmF1.5レンズには、ライツ・クセノン(Leitz Xenon、1936)とズマリット(Summarit、1949)があります。この2本のレンズはクセノンであり登場が同時代であることから、一部にトロニエが設計したという考えがありますが、最新の研究によればノクトンはトロニエの設計ですが、同じ50mmF1.5のレンズであるライツ・クセノンとズマリットはライツの設計だとされています。
■いろいろと撮影してみました
≪作例1、英国大使館≫ α7RⅡ、F5.6・1/320秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。カメラボディとレンズをチェックするときにいつも英国大使館の正面玄関を同じ場所から、同じ時間帯、同じ絞り値で撮影していますが、残念なことに天候が晴天でなかったことです。撮影時期が雨季でズバリ青空とはいきませんでしたが、描写はF5.6まで絞ってあるので、ピントを合わせたエンブレムや壁面など、昨今のレンズと大きく変わる部分はありません。
≪作例2、ハスの花・Ⅰ≫ シグマfp、F1.5・1/5000秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。お寺のわきにある小さな池に咲く1輪のハスの花を中央に配してねらってみました。太陽光がちょうど花の部分を取り巻くようにスポット的にあたっていましたので、背後の影の部分はつぶれてしまいました。絞り開放F1.5ですが距離があるためにピントはうまくハスの花芯を含む前後に合っています。この画面からすると感覚的に絞り開放でもシャープな描写をすると思われますが、周辺まで仔細に見ていくとかなり崩れていることがわかります。しかし1950年に登場したという時代を考えると立派な描写だといえます。
≪作例3、ハスの花・Ⅱ≫ シグマfp、F1.5・1/5000秒、-0.7EV補正、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。同じお寺の裏庭に大きなハス池がありました。背景の庫裡をぼかしてボケ具合を見てみました。ハスの花までは最短撮影距離の1mですが、画面中央ということもあり、A3ノビにプリントしても花びらの葉脈も描出されしっかりとした描写でした。背景の左右のボケは口径食の影響でレモン型をしていますが、それぞれの輪郭が濃くなっているので、2線ボケの影響が出ているようですが、絞り込めばこのようなボケは減少します。
≪作例4、葉陰から≫ シグマfp、F2.8・1/320秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。口径食によるボケを出すのには、木漏れ日を背景にすればいいのです。ということでF2.8に絞り込んでの撮影ですが、撮影距離にもよりますが、リング状のボケは小さくなりますが、レモン形になり輪郭が濃くなるなどの傾向は変わりません。本来なら手前に人物を配したポートレイトなどの背景効果として利用すると面白く使えるでしょう。
≪作例5、つつじの芽≫ α7RⅡ、F1.5・1/500秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。近接時の前ボケと後ボケを見るために撮影してみました。ピントは飛び跳ねて育ったツツジの芽とカズラの葉に合わせました。合焦部の描写の良さは言うまでもありませんが、前ボケには癖を感じさせませんが、後ボケには、グルグルと回る残存収差を感じさせます。このあたりの描写特性はオールドレンズならではのものでして、絵作り生かすこともできます。
≪作例6、しぼんだアサガオの花≫ シグマfp、F2・1/1000秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。背景のボケ具合を見るのにちょうど良い被写体を見つけました。ピント位置は画面下1/3ぐらいの左右中央にあるしぼんだアサガオの花の部分です。背景のボケ具合を見ると、氷のノボリの文字とイラストのボケ方になんとなく癖があるのが気になるところです。左画面周辺を見るとレモン形の丸ボケが見えます。またその左下には縦方向に線が流れていますが、これは拡大して見るとわかりますが、縦の棒が横に等間隔を持って配置されているからであり2線ボケではありません。
≪作例7、トクサと板壁≫ シグマfp、F2.8・1/640秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。まっすぐに伸びるトクサと、横に目の通った板壁の色を含めた対比が面白かったので狙いました。画面中心部は解像度的には立派なものですが、周辺に行くと甘くなるのはF1.5と大口径でF2.8に絞ったぐらいでは、致し方ないことでしょう。後ろの板塀のボケ方も癖はなく自然です。
≪作例8a、絞り開放:ゴルドニア・ラシアンサスの花≫ α7RⅡ、F1.5・1/640秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。同じ場面で、絞り開放と絞りF2.8を比較してみました。こちら絞り開放F1.5では花のメシベの描写があまく見え、背景の石にはわずかに回転を感じますし、背景の植え込みが楕円の方向性を持ったボケであり、うるさく感じます。
≪作例8b、絞りF2.8:ゴルドニア・ラシアンサスの花≫ α7RⅡ、F2.8・1/125秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。わずか2段F2.8に絞ることにより、花がシャープになるのは言うまでもなく、背景植栽の癖あるボケが消えました。
≪作例9、カシワバアジサイ≫ α7RⅡ、F2.8・1/125秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。このレンズは絞り込み効果の大きいレンズで、少し絞り込むことにより、画質はぐんと向上し、葉の表面の微細な部分も質感を伴い良く描出されています。
≪作例10、大香炉≫ シグマfp、F2.8・1/80秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。ピント位置は画面中央の紋所であるので、まったく問題ない描写を示しています。
≪作例11、消火栓≫ α7RⅡ、F4・1/125秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。最初は絞り開放で撮りましたが、いまひとつでした。改めて絞りF4で撮影しますと、消火栓上部金属の光沢感、さらに前後のボケ具合も素直で、ほどよい感じで写りました。
≪作例12a、居酒屋≫ α7RⅡ、F1.5・1/200秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。手前の提灯にピントを合わせて、左右の背後に流れていく裸電球がどのような描写をするかと考えてシャッターを切りましたが、意外と素直に写りました。裸電球とはいってもどうやらLEDランプのようです。ただし拡大していくと、画面左のアウトフォーカスした女性の足がクロスしていて消え入るような感じが面白く、さらに背後の赤い信号灯、さらに手前のランプなどコマ収差がさまざまな形で出現しています。大きく拡大してプリントするとその形状をいろいろと楽しむことができそうです。
≪作例12b、居酒屋≫ 上の左側を拡大して見ました。小さければわからない程度の収差です。
≪作例13、スタンドカフェ≫ α7RⅡ、F2.8・1/125秒、ISO-AUTO100、AWB、手持ち撮影。あらかじめカフェの店内にピントを合わせておき、人物が通りかかったときにシャッターを切ったのですが、手前の人物は深度が浅くボケているのではないかと思いましたが、右足はジーンズの布目が見えるほどシャープで、地面の敷石もピントはきているようなので、歩行による単なる被写体ブレでした。写真的には完全に止まっているよりは、ブレていたほうが結果として効果的でした。
≪作例14、Ra Sikiさん≫ α7RⅡ、F2.8・1/125秒、ISO-AUTO100、LED補助光使用、AWB、手持ち撮影。写真家でありアーティストであるRa Sikiさんの写真展会場で撮影させてもらいました。画面中央の被写体となったRaさん、上部左右の写真クロスとも申し分ない描写ですが、背後のアウトフォーカスした部分の額縁の縁を拡大して見るとわずかな色収差の影響からか色付きが見えます。このレンズが登場したのは1950年のこと、まだまだ黒白フィルムが主流であり、ここまで大きくして見ることはなかった時代でした。
■70年前のレンズをデジタルで写して見るということ
今回のオリジナル・ノクトン50mmF1.5の撮影は2000年に行いました。実はその後、関係する写真クラブでの2022年9月の写真展テーマが“トロニエが設計したレンズを使う”と決まったのです。しかしその展示をこの時の写真だけでは埋めるのには少し物足りなく、その写真展までは時間もたっぷりあるので、新たに撮影テーマを決めて、トロニエ設計によるプロミネントマウントのノクトン50mmF1.5、ウルトロン50mmF2、ビテッサTのカラースコパー50mmF2.8の3本を使って撮影しようとなったのです。2002年9月に向けたその3本での撮影も終わりかけた時に、2000年に撮影した希少なライカスクリューマウントのオリジナル・ノクトンの撮影結果をそのままお蔵入りさせてしまうのも惜しいので、改めてこの時期にまとめてみたのがこのレポートです。
2002年写真展に向けたトロニエの設計した3本のレンズの撮影には、ライカスクリューマウントのオリジナル・ノクトンで撮影したときの結果が大いに役立ちました。今回のオリジナル・ノクトン50mmF1.5の撮影は基本的に、1950年代のレンズがどれだけ写るかということを趣旨にして行い、2022年写真展に向けた撮影は良く写るということを二の次にして、アウトフォーカス部のボケ具合を比較してみせるという形で落ち着きました。どのようなレンズでも絞り込めば諸収差は減少してよく写るわけですが、オリジナル・ノクトン50mmF1.5では絞り込みを必要最低限にして撮影してあります。良く写るとは、現代レンズに比較してですが、このあたりを見ていくと、昨今の最新レンズとはどのようなものか見えてくるのです。先人たちのレンズ設計技術レベルの高さには驚きます。 (^_-)-☆
注)ここに掲載した2本のライカスクリューマウント「オリジナル・ノクトン50mmF1.5」は、いずれも北海道「IMAIcollection」収蔵のものです。