写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

工芸大・内藤明教授の最終講義は「ダブルガンマ」

 長い間、公私共々お世話になってきた東京工芸大学芸術学部長である写真学科・内藤明教授の最終講義が3月15日の午後から開かれました。テーマは『ダブルガンマ』です。ダブルガンマとは、写真を銀塩フィルム時代からセンシトメトリー的に学んだ方にとっては、おわかりいただけると思うのですが、フィルムの特性曲線において直線部にダブルのカーブをもたせることにより、ハイライトとシャドー部にきわめて写真的な階調再現ができるというものなのです。当然、そのような銀塩感光材料の特質についてお話をされるのではないかと思ったわけですが、ところが、ところが、2時間半にわたってお話しされた内容は、銀塩とデジタルの画像特性に関する、なかなか深遠な“ダブルガンマ”だったのです。

 ところで、僕と内藤先生の関係は、簡単にお世話になったという形でかたずけましたが、実は1970年ごろまで、さかのぼることができるのです。当時、僕は大学をでて月刊「写真工業」の編集部に配属になったのですが、先輩に最初に連れて行ってもらったのが東京写真大学短期大学部の阪川武志先生の部屋だったのです。そちらはカラー写真の研究室だったのですが、その部屋に助手としておられたのが内藤先生であったわけです。僕のやっていた「写真工業」という雑誌は、企業の技術者の方々や、やはり写真学科のある千葉大学の先生方に原稿を執筆していただくことで、かなりの部分を成立させていました。当然、内藤先生以外の方々にも大変お世話になったのですが、内藤先生には1978年〜2002年まで「新型カメラテスト」を分担担当していただき、1989年から2002年までの13年間にわたり「画像前線レポート」という記事を単独で執筆してもらいました。前者はフィルムカメラ、後者はデジタルの画像技術をと大きく分けることができるのですが、フィルムカメラの時代にはメーカーの技術者の方に説明をしていただき、画像前線レポートの時代はメーカーに一緒に出向き、各社の新しい技術を見せてもらい解説をしていただくというものでした。この間、休むことなく連載していただいたのですが、このとき聞いたお話が、内藤先生にとっても、僕にとってもその後のデジタル時代の写真技術の理解、さらには写真業界人とのかかわりなどに大きく作用しました。このあたり、書いて行けばきりがなく、本が分冊で書けるぐらいの内容を持っていますが、ここで止めましょう。
 さて、当日、内藤先生のお話しされたことは、カラーフィルムの原理、アグファコダック、黒白フィルムの特性と効果、プロラボとアマチュアラボ、ラボ機器の自動露光プリンター、T粒子、100年プリントの登場、第4の感光層をもったリアラの登場、コダックの時代、カラープロセスの時代、フィルム画質の定量化、RMS粒状度、粗粒子とは、写真のノイズとは、MTFとは、ダブルガンマとは、カメラの全自動化がもたらしたものは、などなどフィルム写真時代の技術を歴史的に順を追って説明され、ソニーマビカのこと、ニコンD1、撮像素子のセルサイズと電荷量、フィルムとデジタルの焦点深度、デジタルカメラの最小錯乱円、単板CFA素子と3板式素子、光学ローパスフィルター、クールスキャン2700、PM700C、IJプリンターのメタメリズム、条件等色、などなどデジタル時代までさまざま多岐にわたりました。最後にお話しされたのが“写真のセンチメンタル”と題した項目では、写真を撮影すると光の粒子がレンズで結像し、感光材料でキャプチャーされ、現像によって画像が表れてくる。これは、まさにその時、たとえば母親を撮影したときの光が表せるわけで………、というように熱く思いの丈を語り、あっという間に予定時間の90分を60分もオーバーした熱演となりました。お話は、短大時代のカラー写真研究から4年制芸術学部写真学科になってからのデジタル機器までと多岐にわたったのですが、当日は現役学生はいうに及ばず、卒業生、業界関係者も多数聞きにくるといった状況で大変盛況で、その端々にはこれからのカメラ技術の在り方に対する提示などもあり、聞きごたえ十分でした。そして、ここまで熱弁を聞いていて気づいたことは、ここ数年若手写真家での写真賞受賞者は工芸大・内藤研究室出の人が多いということです。これは、たぶんこういう話を学生さんと日常的にかわしていたのではないだろうかということです。当日は、僕の知っている、業界でしっかりと活躍している先生の教え子も多数いました。これからも変わらぬご活躍をと願う次第です。(本文は、僕の聞いた範囲での簡単な記述であり、文責は僕にあります。下の写真は懇親会にて)