いまJCIIフォトサロンで「ときを刻んだ写真−−保存が望まれる写真」という特別展が開催されています。主催は、日本カメラ財団と日本写真家協会で、かねてから「日本写真保存センター設立推進連盟」を組織して文化庁に「時代を記録した写真原板の散逸を防ぎ、保存管理、活用を図るアーカイブの設立」を要望してきました。そのうちどんな写真が保存の対象となっているか、ということで写真家数十名のうちから17名の作品を展示したというのです。展示作家は、岩宮武二、植田正治、稲村隆正、大束元、掛川源一郎、川島浩、菊池俊吉、木村伊兵衛、田村茂、中村由信、中村立行、濱谷浩、緑川洋一、田中徳太郎、山端庸介、吉岡専造、吉田潤の各氏で、これだけ中身の濃い日本の写真家の作品を一堂に会して見ることができるのは貴重です。
ここでもうひとつ大切なのは、これら作品の原板であるフィルムが、時を経ることにより確実に劣化して行っているということです。保存条件を適切に行えば、かなり長期にわたって保存が可能であっても、一般の保存環境ではかなりつらいということです。そこで、一般の保存環境というのはどのようなことかということですが、好ましい保存条件は低温で低湿度であるわけですが、それ以前に気になるのが、今までの写真フィルムの保存というのがどのような条件が推奨されてきたか、ということが僕は大切だと思うのです。僕の義理の父親は写真を生業としていましたが、フィルムの保存は大事だからと、几帳面に必ずシリカゲルとともに缶に入れ、ビニールテープで密閉していました。このような方法が一番いいのだと信じて疑わなかったわけですが、ある時、缶を開けると酸っぱい臭いがして、フィルムが変質してきたのです。臭いは軽度なら酢昆布のような、重傷だととても言葉には表せない強烈な臭いです。つまりフィルムベースが加水分解により酢酸を生成する“ビネガーシンドローム現象”が発生していたのです。このような条件がフィルムの保管には最悪で、最もいいのはネガケースを通気性のある紙のような箱に入れて、ときどき空気を入れ換えていたのが長持ちしているのです。義父は根っからの機械屋で、カメラ、レンズの加工は大好きでしたが、化学反応には弱かったのかも知れません。JPSの調査によると、市販のフィルム保存ケースにもかなり密閉度が高いものがかなりの数流通していたようで、安全と思われていた保存ケースでビネガーシンドロームが発生していた事例もあるというのです。いずれにしても、この問題には解決の決定打はなく、カラーフィルムの色素が染料であることから時間とともに退色するのは避けられのと同じわけで、写真作家だけでなく、映画やマイクロ写真分野においても共通の悩みを持っているのです。ただ、少なくとも黒白の写真作品においてはプリントしておけば、保存環境にもよりますが、過去の事例から100年は持つことは実証されているわけです。
ちなみに写真展は3月27日まで、数多くの作品とともにビネガーシンドロームの実例も見ることができます。