写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

針穴写真の魅力

暗い部屋で小さな穴を壁に開けると向こうの景色が映る。これはカメラの原点でもあるカメラオブスキュラの原理です。毎年、夏休みになると各地で針穴写真(ピンホール写真)のワークショップが開かれます。そのいくつかは親子のというようなタイトルがつけられており、僕の職場の教室もあっという間に満席となってしまいます。その人気の理由には夏休みの宿題の消化ということがあるのでしょうが、子供達やお母さん方が、数あるテーマの中で針穴写真に行きついたのは、写真好きの僕にとってもうれしいことです。
そしてもうひとつ、この時期には毎年日本針穴写真協会の「針穴写真展」が開かれます。協会の設立は2005年4月、当初はさまざまなマスコミに取り上げられたこともあって、会員数800人を数えるような時期もあったと記憶しています。僕は設立時から、協会の方々とは何かとおつきあいしてきており、いつも写真展の懇親会には顔をだすようにしています。  (※下の写真は「針穴写真展2010」のDMからです)

会場となる江東区文化センターでの展示は今年で5回目となるとのことですが、展示室および展示ロビーを使い、延べ壁長さで200メートル近くあるのではないかと推測するほどの大きなスペースです。これだけの展示スペースは、都内の一般写真展会場ではなかなか得られなく、多くの会員が参加できるようにとの配慮から選ばれているのだろうと思う次第です。そして、搬入、展示、撤去まですべて自分たちでやらなくてはいけないわけですが、そこも趣味の団体としては手作り感が良いわけでして、大きな魅力となっているようです。

会長の田所美恵子さんが行った懇親会冒頭のあいさつ(写真左)によると、最近は会員の入会もひところのように多くはないようですが、活動は確実に根付いてきたようで、海外からの会員加入が増えてきたのが新しい動きだそうです。確かに写真展会場の作品には、ちらほら外国の方の作品が目につきます。そして、この5年間の会員の皆様方の作品を見ると明らかにレベルが向上してきていることです。針穴写真のためのカメラは一部には市販されていますが、皆さんほとんどの方々がカメラから自作しているのも大きな特徴です。作品の傾向もそれぞれで、いかに針穴写真らしく見せることに頑張っている人、さらにはまるで普通のカメラで写したのではないかと見間違うほどのクオリティーで迫る人ほか、会場には会員自作の針穴カメラが多数展示され、皆さんが楽しんでいる様子がよく伝わってきます。

右の作品は会員で旧知の中島正己さんの「渦動」という作品です。8×10インチという大判のカラーネガフィルムで水の流れを写し止めていますが、長時間露光を必要とする水の流れを動的なものとしてとらえ、岩や背景の紅葉の木々を静止するものとして表現し、まさにピンホール写真の弱点を逆に長所として作品に生かした素晴らしいものです。もちろんカメラは自作ですが、原版はフィルムの8×10インチと大判なわけですから、全紙判に引伸ばしプリントしても普通のカメラで撮影したのではと見間違うほどのクオリティーをもっています。(ここに掲載の写真は会場でで僕が簡単に複写したもので、不要な反射が入ったり、階調が偏ったりしていて、中島さんの作品傾向を見ることはできても、作品クオリティーは見ることができないことをお断りしておきます)

さて、会場で見つけた楽しい針穴カメラを1台紹介しましょう。写真好きの方なら簡単にお分かり頂けると思いますが、ハッセルブラッドのフィルムマガジンを利用したカメラです。カメラ部分は木製ですが、まるで指物師が作ったような加工で、レンズボード部分は金属ですが、木部を含めてきれいに塗装されています。シャッター部分は写真右のピンホール部分に黒い粘着テープを張り付けて、シャッター閉、取り外してシャッター開ときわめてローテクな感じもしますが、長時間露光を必要とする針穴写真ならではのアイディアです。もちろんハッセルブラッド用のフィルムマガジンですから、ブローニー120フィルムの6×6判12枚撮りというわけで、さらに本体とマガジンの取り付け取り外しは本来のハッセルブラッドと同じように行うという凝り方です。撮影も楽しむけれど、カメラ製作も楽しむというわけです。
ところで、今回の針穴写真展にはおまけがありました。実は懇親会当日の夕方16:00ごろ、僕の職場に中学生の女の子とお母さんが来て、僕にピンホール写真をやりたいけれどどうしたらいいのかと1冊の本を見せていうのです。本を見せてもらうと、ピンホール写真、立体写真ミルククラウンの撮影ほかさまざまな写真に関する制作法が、A5判見開きに簡単な文章とイラスト、写真で紹介されているのです。ざっと本を見せてもらいましたが、やればできるかもしれないという感じで、とてもまったく未知の子供にはできません。たとえばピンホール写真では、印画紙に露光しても、どのような環境下で、どのような条件の材料で、どのような薬品を用意してやればいいのか、その取り扱いの注意点などが触れられていません。また、立体写真ではカメラを横に移動させて2枚の写真を撮ることを紹介しているのですが、できあがった写真をビュワーを使ってみるのか、裸眼で見るのか、その場合平行法か、交差法かなど触れていないのです。お母さんには本をざっと見て、この本を見ただけでは子供にはたぶんできませんよと伝えると。「この子は写真が好きなのです。それでこの本を見て印画紙を買いに行くというのですが、難しいと思うのです」というのです。これは僕にとっての殺し文句となりました。とはいっても、この時期のピンホール写真のワークショップはほとんど満席だろうし、いまからでは遅いですよと伝えたのですが、何とかならないだろうかという懇願なのです。そこで女の子に写真が好きなのと聞くと、僕のほうを見て「ええそうです」というわけです。針穴写真を実技指導つきで学ぶには、日本針穴写真協会が定期的にワークショップを開いているほか、日本写真協会が出前で学校や地域団体に向けて教室を開いていますが、急を要するようで今からでは間に合いそうもありません。ここは、何とかしてあげないといけないと思い考えついたのが、今回の日本針穴写真協会の写真展で、しかも当日は懇親会の日であったので、確実にメンバーが会場にいるだろうということで、写真展会場をその場で紹介しました。
そして、会場では前述の中島正己さん(日本針孔写真協会運営本部長)を訪ねるようにと伝えました。親子連れは走るようにして、江東区の写真展会場に向かいました。僕は後を追いかけるように中島さんに電話をして、何とかしてくれるようにお願いしました。そして僕が会場に着いたのは懇親会の始まった6時、まだ親子連れは会場にいて写真を見ていました。聞いてみると翌日の8月15日に写真展会場で、中島さんが個人的に1人だけでも針穴写真のワークショップを開いてくれるというのです。お母さんからは、「見ず知らずの人なのにご親切にありがとうございます」と涙ぐんでお礼を言われました。でも、たぶん、中島さんにとっても、僕にとっても、いつもと同じことをやっただけなのです。実は僕と中島さんは15年ほど前には、日本カイトフォトグラフィー協会に所属していて、多くの研究機関、大学や高校、さらには個人の人たちにカイトフォトのノウハウを伝授してきました。カイトフォトグラフィーとは、凧でカメラを吊り上げて、空撮を行う技法ですが、趣味として学術研究など応用範囲は広いのですが、ワークショップを開くほどまでの需要はなく、いつも個人指導だったのです。写真を楽しむ人が増えて、喜んでもらえればいい。僕たちの気持ちは、ただそれだけなのです。凧写真から針穴写真へ移っていった中島さん、いつまでも変わらない姿勢すばらしいです。