写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

建築遺産「新宿ゴールデン街」

 『新宿ゴールデン街』という写真展が、新宿区歌舞伎町の東京都健康プラザの「ハイジア1Fアートウォール」で9月27日から10月11日まで開かれました。作者は野嵜正興さん。ゴールデン街を撮った写真はときどき見かけますが、野嵜さんの作品は単なる飲屋街としてとらえるだけでなく、その歴史的な街の生成過程を踏まえて、被写体に迫ったところがすごいのです。歴史的には米軍の爆撃で焼け野原となった新宿の中心地が、昭和24年に占領軍の命令により中心地から排除された闇市の露天商達が寂しい場末の地に造った売春街(青線)が、いまのゴールデン街だそうです。この街は最初から売春宿として設計建築された2、3階建ての木造建築物からなる街(花園街:いまのゴールデン街)と住居兼飲食店として設計建築された木造2階建ての長屋街(三光町:いまの明るい花園街)として出発して、その後、三光町長屋は飲食店としてに賑わなかったことから、建築物の屋上に1階建て増して売春宿に鞍替えしたというのです。野嵜さんは『この写真展の写真は、レトロで温かみのある木造建築が醸し出す独特の雰囲気の建物・街の姿と狭い土地に特殊な目的のために造られた建物の独特な内部構造、狭い酒場だから生み出される店主・客同士の濃密な人間交流の場を取材したもので、歴史的建築遺産として保存したい街だと思っています』と記しています。展示作品はゴールデン街のママや客をとらえるだけでなく、かつての人が横にならないと通れないチョイの間の入り口、2、3階のチョイの間に当時のまま残された枕と人形が映ったような布団、そこで亡くなったであろう人の仏壇と位牌、さらには当時の3階窓からガラス越しに覗いた現在のゴールデン街の路地など、かなりの迫力です。

 野嵜さんと知り合ったのは、いまから6年ほど前にゴールデン街の「こどじ」のお姉さんに紹介されたことが最初です。何でも、東京農工大学客員教授だとかで、僕の写真仲間の小野さんが農工大の副学長であったことと、それ以前の職は京都三菱製紙の中央研究所で印画紙やインクジェット用紙の研究をされていたとか、JCIIの木村恵一写真教室の生徒さんであるとか、なにかと僕の身近に関係した方だったのです。あるとき木村恵一さんは、『何でドクターをもったような人が俺の写真教室の生徒なんだろう』と笑っていましたが、野嵜さんは根っからの写真好きで、すでに個展を7回も開き、個人で小グループの海外撮影ツアーを組んだりと意欲的です。撮影はフィルム、自分でスキャンして、インクジェットプリンターで出力するためにどうしたらいいかと何度か相談されましたが、今回の写真展はそのプリント技法の免許皆伝の日でもあったのです。スキャナーはディマージュスキャン、プリンターはエプソンの3世代ほど前の染料タイプ、用紙はいろいろ使いピクトリコプロ・ホワイトがベストということでした。ちょっとしたプロラボの仕上げと見分けはつかないできですが、ポイントはデジタイズと染料インク、高級な用紙の組合せです。
※写真は左から、会場に入り口に立つ野嵜正興さん、右端は開会日のオープニングパーティーで挨拶する新宿区長の中山弘子さん。当日は、早稲田大学エクステンションセンターで140回も開かれているという“新宿学”のそうそうたるメンバー、木村恵一写真教室のお仲間とにぎやかに過ごされました。