写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

ズームレンズでソフトーフォーカス


ベス単のフード外しによるソフトフォーカス、ライカヘクトール73mmF1.9とメディアジョイソフトフォーカスレンズ90mmF2.8によるソフトフォーカス、リコーCX4によるソフトフォーカス描写と続けてきましたが、そろそろ紹介している僕もゲップがでるほどのソフトフォーカス大研究となりました。
僕として気になる残るレンズは、レンコン状絞りを用いる「イマゴン」ぐらいとなりますが、こんなことをやっているときに僕の手元に1本のソフトフォーカス機能付きのズームレンズが持ち込まれました。「タムロンSP70〜150mmF2.8 SOFT」です。このレンズは、1980年のフォトキナでタムロンがSP350mmF8ミラーレンズと共に発表した、ズームレンズとしては初のソフトフォーカス量を可変できる珍しいレンズです。設計は、1979年にタムロンSP90mmF2.5ポートレイトマクロ、SP70〜210mmF3.5-4、SP500mmF8ミラーなどの一連のSPシリーズをだした故高野栄一さん(2010年6月1日没)でした。当時、僕は高野さんとは大変親しくしていただいており、このSPシリーズができあがったときの熱弁をふるう高野さんの姿はいまでもしっかりと思い出せるぐらいです。その時代のズームレンズの開放F値は、F3.5、F4、F4.5などが主流で、この時期にF2.8のコンスタントF値で、回転ズーム、さらにソフト量を可変できるソフトリングをマウント基部に設けるなど大変意欲的なズームレンズでした。レンズ構成は12群15枚構成で、ズーミング、フォーカシング、ソフトリングの回転により前玉の1枚を除いて14枚がすべて移動するという複雑な移動をするメカニズムが採用されていました。当時タムロンではフルフローティングシステムと呼んでいましたが、ソフトリングの回転時には最後群のコンペンセーター3枚が動き、球面収差を発生させるものでした。
ソフト目盛り0のときはシャープな普通の描写で、1→2→3と可変することにより球面収差の発生量が増大し、より大きなソフトフォーカス描写が得られるというわけです。その当時SP70〜150mmF2.8 SOFTのキャッチフレーズは“ソフトフォーカス機構付き大口径ポートレイトズーム”でした。
では、どのようなソフトフォーカス効果が得られるか、実写結果を紹介しましょう。
撮影カメラはレンズ性能を最大限しっかり見るためにフルサイズのニコンD3で、設定は焦点距離100mm、SOFT 3、中央部重点測光絞り優先AE:F2.8、1/1600秒、ISOオート(ISO200)、AWBという条件です。

この写真は撮影距離約60cmで、絞り開放のF2.8、最も球面収差が発生する目盛り3の設定で、画面全体がソフトになり、ハーシー・キスチョコの銀紙とm&mの白い玉にはフレアが発生しています。これぞ光学的なソフトフォーカス描写に間違いありません。ただ、専門的に見るとソフトフォーカス描写はタンバールやヘクトールと同様で球面収差はオーバーコレクションで、前側にに深度が伸び、後ボケは汚く、前ボケがきれいになるというおもしろいレンズのようです。このことからすると今回の撮影シーンはこのレンズにとっては酷なシーンであったということになり、確かに背景のレンガや草のボケ描写はそのような感じがうかがえます。なお、当時の資料によると絞りF5.6、F8でもソフトフォーカス効果は得られるとされていますが、実際は絞ってみるとシャープな普通の写真になってしまいました。ただ、もともとのピント位置はキスチョコの銀紙をねらったのですが、絞ると手前のミニトマトがベストピントになりました。
◇高野栄一さんは、もともとはキヤノンでTV用レンズや一眼レフ用のショートズームなどの設計を行い、タムロンに入社されてからは一連のSPシリーズを担当。タムロンを退職された後は、フリーの光学コンサルタントとして「光科学研究所」を設立し活躍されたほか、多くの写真レンズに関する著作を残されています。光科学研究所時代のレンズとしては、ベス単のフード外し描写を再現した清原光学のキヨハラソフトVK50R/VK70Rレンズ、鳥取植田正治写真美術館の大型カメラオブスキュラレンズの設計が知られています。高野さんの功績を記すために、植田正治写真美術館のレンズとその実写シーンを示すと同時に、ご冥福をお祈り申し上げます。

植田正治写真美術館の映像展示室は部屋そのものが大型カメラオブスキュラになっています。左はそのレンズ、最大ガラス直径600mm、世界最大のカメラレンズで焦点距離8400mm、F32、画角21度、2群5枚構成、投影イメージサークル7mです。晴れていれば、大山が逆さに投影されます。(20090831)

なお「タムロンSP70〜150mmF2.8 SOFT」の詳細は、9月下旬に発行の“タムロン・ブロニカクラブ”会報23号に『タムロンの歴史レンズ探訪』として掲載されています。