写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

ウォーレンサック・ベリートの軟焦点描写

 先日、1910年代のアメリカ、ウォーレンサック社の「ベリート5インチF6.3」レンズを試用してみる機会があり、なかなかいい感じだったのでFacebookで簡単に撮影画像をアップしてみたところ、すこぶる皆さんの評判が良いのです。何がということですが、ベリートは知る人ぞ知るきわめて古典的なソフトフォーカス(軟焦点)レンズなのです。撮影した被写体はコスモスで、黄花に囲まれてわずかにピンクの花が咲いていたのです。これを朝霧のなか、わずかに山影から朝陽が差したところのカットだったのです。

≪朝霧のなかのコスモス:霧とベリートそのもののもつソフトな描写が加わってなかなかいい感じに描写されました。とくに中央ピンク色の花の周囲には明らかに色収差が発生し虹色の光茫を見せていますが、カラーフィルムはなく、パンクロマチックでない感色性の感光材料の時代のレンズであることがわかります。ベリート5インチF6.3、絞りF6.3開放・1/97、ISO400、AWB、リコーGXR+マウントA12、各種中間リングとライカマウントアダプターを介して装着。焦点距離は5インチ、127mmですから、画角的には35mm判で190mm相当となります。≫
■諸収差満載“ベリート”の魅力
 ところで、最近写真業界はある意味で活況を呈していますが、その基の1つにあるのは、カメラ、レンズメーカーの高級交換レンズの新製品投入があると思うのです。そのようなレンズに求められるのは、昨今のカメラ自体の高画素化に対応させて、どれだけ高解像力で、諸収差が除去され、ボケ具合が素直かということに尽きるわけです。それに対して、諸収差満載のレンズ“ベリート”がいいというのですから、このあたりをもう少し追いかけてみようと考えてみました。
 ウォーレンサック(Wollensak)は、アメリカのロチェスターにあった光学メーカーです。ベリート(VERITO)は日本には1920(大正9)年に小西六がk、キャビネ用9インチ(220mm)F4、8切用11・1/2インチ(290mm)の2本を輸入を開始したのが最初だというのです。今回試用した5インチ(127mm)F6.3は手札判用で大変珍しいとは、レンズを貸してくれたクラシックカメラ・レンズにくわしい萩谷剛さんの言です。OPTIMAシャッター付の状態で拝借したのですが、撮影するにあたり、何のカメラに、どのようにして装着するかを、最初に考えました。まず考えたのが借用物であるために特別な加工はできないということです。そこで焦点距離が十分に長いので、ヘリコイドと中間リングを複数継ぎ足して、マウントアダプターを介して、ミラーレスの一眼に取り付けることを考えました。基本的には、手元にある「ライカスクリューマウント中間リング」、「M42マウント中間リング」「M42ヘリコイドリング」、「マウントアダプター」などで何とかなるだろうと考えたのです。以下は、ベリートレンズと各部のクローズアップです。また、さらにマウント部にどのようにどのように接合させたか簡単に紹介しましょう。

≪左:Wollensak Optical Co. PATENT JUN 14 1910と記され、絞りは開放F6.3。中:VERITOの刻印。右:WOLLENSAK ROCHESTERと印されている純正のレンズキャップ≫

≪カメラへの取り付けはマウント、鏡胴のための中間リング、ヘリコイドなどが必要です。まずはレンズを鏡胴に固着するためには、あれこれ試行錯誤のうえ最終的にはキヤノンのライカスクリューマウント中間リングを利用して、強力両面テープで行いました。左:両面テープを隙間なく貼り付けます、中:中をカッターでくり抜きます、周囲のはみ出た両面テープをカットして、シャッター基部に貼り付ければOK≫

≪ライカスクリュー中間リング、ライカスクリュー⇒M42変換リング、M42ヘリコイド×2、M42中間リング、M42⇒ライカMマウントアダプターの組み合わせでできあがりです。左の金色のレンズは、やはり同年代にアメリカRochesterにあったBAUSCH & ROMB OPTICAL CO.のRAPID RECTLINEAR(RR)レンズです。せっかくですから、この2本を使えるようにしました。焦点距離は実写で見る限りほぼ同じなので、どちらも127mmとします≫
 この組み合わせで写したベリートの結果が上の“朝霧のなかのコスモス”なのですが、Facebookにアップすると、さっそく写真仲間からなぜフルサイズでなくてAPS-Cサイズなのかと問い合わせがありました。実は、カメラマウント部をライカマウントにして、さらにソニーEマウントアダプターを介してソニー7Rで撮影したのですが、なぜか4隅がケラレてしまったのです。撮影前日の夜中にどうにかできたと思ってボディに付けたらのことなのです。あれこれ迷いましたが、時間がありませんでしたので、とりあえずとリコーGXR+マウントA12をひっぱり出してきて撮影したのです。結果は上々ですが、やはりフルサイズで撮るほうが、レンズ遊びには向いていると思うのです。
 それでも撮影に出向くと好天に恵まれましたので、いくつか撮影結果を紹介しましょう。

≪早朝の秩父の山なみ:ソフトフォーカスレンズらしい描写ですが、画面サイズが小さいからでしょうか、画面全体にわたって均質な描写となりました。カラーでなくモノクロ出力すると幽玄な墨絵のようなイメージにもなります。ウォーレンサック・ベリート、リコーGXR+マウントA12、F6.3絞り開放・1/660秒、ISO200、AWB≫

≪早朝の秩父の山なみ、その2:上の写真をそのままグレイスケール化してみました。ソフトフォーカスレンズらしい描写ですが、幽玄な墨絵のようなイメージになり、別の写真のようになりました。ウォーレンサック・ベリート、リコーGXR+マウントA12、F6.3絞り開放・1/660秒、ISO200、AWB。Photoshop CS5にてグレイスケール化≫

≪ウォーレンサック・ベリート:絞りF6.3開放・1/570秒、ISO200、AWB。快晴の青空のもと、満開のダリアを絞り開放で撮影してみました。まさにベリートならではのならではの軟焦点描写です。さきほどのコスモスに比べると、発色はヌケがよく鮮やかですが、コスモスを撮影の時は、霧が巻いていたのがより効果的だったようです。≫

≪ウォーレンサック・ベリート:絞りF16・1/97秒、ISO200、AWB。絞り開放から、絞り指標に従って1段ずつ絞っていき、もっとも絞り効果の描写として激変したところを示しました。ここまでくると、通常のレンズと変わらないシャープな描写となりますが、深度が深くなったことにより、背景の花が細かい色まで見えてましたが、画面的には球面収差による輪環状のボケもわずかに見えてきて少しうるさくなりました。≫

ボシュロムRR:絞りUS 4・1/470、ISO200、AWB。ラピッド・レクチリニア、略してRRレンズです。このレンズは軟焦点描写でなく、通常のレンズです。したがってピントの合ったところはシャープですが、背景のボケはベリートに比べると小さいです。もともとは1903年から1908年にアメリカのイーストマン・コダック社が製造したNo.3A FOLDING POCKET KODAK についていたレンズで、RRレンズは、ボシュロム社だけの呼称ではなく、1866年イギリスのダルメイヤーにより設計された色消し2枚張り合わせの対称型2群4枚構成のレンズです。描写は、ラピッド=大口径、対称型であることから、歪曲のない直線性(レクチリニア)のよいレンズとして知られています。ちなみにイーストマン・コダック社はロチェスターにありました。≫

ボシュロムRR:絞りUS 32・1/52秒、ISO200、AWB。やはり絞り効果が大きく感じるところまで絞ったのがこのカットです。このシーンでもボケの部分に非点収差の発生が見られ、背景がうるさく感じますが、直線性のよいレンズであることから被写体を選び、建築や風景になどでしっかりと絞り込んで使うとその威力を発揮するでしょう。ちなみにUS絞りとは、英国王立写真協会が定めた独自な絞り表記法で、コダックが採用しましたが、US4=F8、US32=F22という関係があります。≫
■フルサイズで撮影したい
 秩父での撮影後帰宅してから、やはりフルサイズでなんとか撮影したいと考えました。ところが、いま手元にあるライカ判フルサイズのソニーα7Rでは画面隅にわずかにケラレがでたのです。やはりこれだけさまざまな中間リング、無名のマウントアダプター、“フォクトレンダーイカM⇒ソニーE”マウントアダプターを重ね合わせていると致し方ないとも思うのですが、大判用の焦点距離の長いレンズなので、ソニーフランジバック短く、香箱というか暗箱のフトコロの余裕が少しシビアではないかと思いました。もちろんケラレは純正の交換レンズにはありえないことでしょうが、それでもソニーα7のフルサイズでと考えて、あれこれと手元にあるマウントアダプターを組み合わせていたら、ケラレない組み合わせをどうにか見つけて解決しました(写真に示しました)。さらに昔から交換マウントとして使われてきたTマウントのレンズ側のネジ規格がM42(ピッチ0.75)であることを思い出したのです。実際M42マウントヘリコイドリングと組み合わせるとフルサイズ一眼レフでケラレることもなくうまくいきます。Tマウントは1958年にタムロンが開発した交換マウントシステムですが、現在も当時のまま継続し現行機種に使えるのはニコンFマウントだけです。しかし、今もケンコートキナーからその後に発売された各社新規格マウントが製造販売されていて、フルサイズカメラ用にはキヤノンEF、ソニーE、ソニーαマウント用があるのです。

≪写真は、上左:ニコンF用Tマウント、上中:キヤノンEF用Tマウント(この2つがあればフルサイズ一眼レフのニコンキヤノンに取りつきます)、上右:ライカスクリュー、M42ヘリコイド中間リング、M42⇒ライカMマウントアダプター、M42ソニー用を経てソニーα7Rに装着されたウォーレンサック・ベリート、下左:ライカスクリュー中間リングに付いたボシュロムRRレンズ。127mmレンズなので、この状態で無限遠からクローズアップまで使えますが、焦点距離が長くなれば中間リングを増し、短くなればリングを減らせばよいのです。≫
 ということでフルサイズのソニーα7Rに取り付けて撮影したのが、以下の作例です。ベリートはソフトフォーカスですからもちろん絞り開放で撮影しましたが、人物のポートレイトではなく、お馬さんであるところは、ごかんべんください。。

≪ウォーレンサック・ベリート。ソニーα7R、F6.3絞り開放・1/5000秒、ISO3200、AWB、ExtraFine JPEG

■製造は古くても描写特性は新しい存在
 デジタル時代にあって、最近はカメラ創成期のペッツバールレンズメイヤー・ゴルツなど収差多発レンズの復刻版が一部ユーザーで人気ですが、その点においてはウォーレンサック・ベリートは、製造は100年前と古くても描写特性は新しい存在だといえるでしょう。このようなレンズが好まれるのは、まさに写りすぎる現代のレンズに対する反動であり、飽食の時代のレンズ志向だといっても過言ではないと思うわけですが、むしろソフトフォーカスレンズ、収差多発レンズとして、焦点距離、画角による違いだけでない、レンズのバリエーションの1つとして存在してもいいと思うのです。なお、ソフトフォーカス描写としては、ベスト・ポケット・コダックのフード外し電気的なソフトフォーカスの描写のレポートも過去にアップしていますので、そちらもご覧いただければ幸いです。