写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

デジタルで黒白バライタプリント

世の中には色々な人がいます。「やはり黒白のバライタプリントはいいですね」と作品を見せてくれたのは宝槻稔さん。60歳を前に毎日写真三昧の優雅な生活を送っていて、うらやましい限りですが、最近メキメキと撮影の腕をあげてきており、1年前と今ではまったく別人ではないだろうかと思うほどのすばらしい作品を撮り続けています。その宝槻さんが最近ハマっているのが“プラチナプリント”です。このプラチナプリントは、1800年代から1900年代初頭まで行われていましたが、今では古典印画法として位置づけられています。近年のプラチナプリントによる作品では、写真作家・細江英公さんのルナロッサなどが知られていますが、独特な色調と手作り感が好まれ最近では一般写真マニアに向けてワークショップが開かれるほどの人気です。ところで、プラチナプリントがなぜ古典印画法かということですが、プリントを作る感光材料が現在のハロゲン化銀によるものでなく、白金と鉄塩の感光性を利用し、感度が低いために引伸機を使わない密着印画法によることも古典印画法なわけです。
このために、現在プラチナプリントをやろうという人は、まず密着用の大判ネガを作らなくてはならないわけで、そのために8×10インチの大判カメラを使っている人がいるのです。8×10インチの大判カメラで撮影した黒白ネガフィルムを現像後、プラチナ印画紙に密着させて紫外線露光を与えるわけですが、露光は紫外線ランプか昼光で行うのが一般的です。宝槻さんによると昼光で露光したほうがプリントがシャープに仕上がるというのです。この理由としては、太陽光のほうが直線性が高いからではないだろうかというのです。
ただし宝槻さんは撮影には大判カメラを使わないで、デジタルカメラニコンD700を使っています。で、どのようにしてネガを作るかということですが、もしプロラボに依頼してフィルムレコーダーを使い4×5インチフィルムにネガ出力してもらうと1枚1万円ぐらいは軽くかかってしまいます。ましては、プラチナプリントのプリントサイズである8×10インチとか4切りサイズぐらいだといくらかかるかわかりませんし、さらに現在の感材事情だと作成可能かどうかもわかりません。
というわけで宝槻さんはインクジェットプリンターを使って、ネガフィルムを作っています。フィルムの出力素材にはOHPフィルムを使っているそうですが、ベースが完全に透明でないところがちょうどいいそうです。この手の技法は古典印画をやられている方にとっては、かなり一般的な方法であり、拡大ネガの必要性からデジタルカメラ登場以前から引伸ばしプリントをフラットベットスキャナーでデジタル化するという形で“デジタルネガ”の作成は行われてきました。そのネガでの画像を以下に示しましょう。

使用しているインクジェットプリンターは顔料タイプのエプソンPX5600で、PhotoshopD700での撮影データをモノクロ化して黒白を反転させ、モノクロ用にわざわざ調子をだすためにQTRというプリンタードライバーをダウンロードして使っています。インクジェットによるデジタルネガは、A4のOHPシートを使って8×10インチ(6切り)、A3判を使って大4切りが作れます。そのネガフィルムを使ってプラチナプリントしたのが以下の写真です。プリント画面周辺にプラチナプリント感光液の刷毛塗りのムラが見えるところが、いかにも手づくり感のあるという特徴です。

宝槻さんはこの一連のプラチナプリントを使って写真展を何回か開きましたが、もう少し階調のあるプリントが、しかもバライタ印画紙で欲しくなったようです。そこでプラチナプリント用に作成したデジタルネガを使って、イルフォードとオリエンタルのバライタ印画紙にプリントするのを写真仲間の三橋さんへ依頼しました。結果が以下のプリントです。

プリントを見ると、なかなかのものです。黒の濃度は高く、ハイライト部分は白くというわけで、かつて見たトライXフィルムをコントラスト高く現像し、バライタ印画紙でプリントした感じにかなり近い印象があります。プリントにあたっての実際は、三橋さんは覆い焼き、焼き込みのテクニックをかなり駆使したようですが、デジタルネガの状態では、背景の工場地帯、手前の板の部分の階調は確認できるので、プリントできたわけです。これで、プラチナプリントより階調のあるプリントができたのですが、プラチナプリントも露光時に焼き込み、覆い焼きのテクニックを使えば、バライタ紙の最大濃度の高いことは別にすれば、同じような調子再現ができるのかもしれません。
ところで、デジタルカメラで撮影した画像データからバライタ印画紙に焼きたいというのは、インクジェットでモノクロ用バライタ紙に出力すれば一度で済むことですが、遠回りして本物のバライタ紙にやっとプリントできた時の達成感は十分感じるでしょう。しかしそれにしても、なぜデジタルカメラで撮影してバラ板印画紙にプリントと思い立ったのでしょうか。僕が考えるに宝槻さんの写真仲間には、デジタルの最先端と銀塩アナログの古典派が混在しているのが、そのような考えを生みだしたことになると思うわけです。コストとか効率でなく、今ある素材を使って、仲間と同じような質感のプリントを展示したいと、考えたのではないかと思うわけです。ちなみに、この作品名は『寝る人』です。まさにアマチュアならではの贅沢なプリントです。
最後に、宝槻さんは写真仲間と新宿西口のヨドバシカメラの近くのカフェバーの地下のお店でこの作品とは違ったおしゃれな写真展を8月いっぱい開いています。プラチナプリントではありませんが、よろしければどうぞ。