日本カメラ博物館では、9月15日から特別展「イギリスのカメラ展」を開催しています。イギリスのカメラというと、皆さんはどのような機種を想像されるでしょうか?。実はもうひとつ、イギリスは近代写真術の始まりとなった“ネガ-ポジ法”技術の発明の国なのです。一般的には、写真の始まりは1825年にフランスのニエプスにより発明されたヘリオグラフィー、1839年にフランスアカデミーで公表されたダゲレオタイプとされていることが多いですが、ところがイギリスのヘンリー・フォックス・タルボットにより1835年に撮影された「カロタイプ」による写真がネガ-ポジ法は、近代写真術にはもっとも関係のある技術なのです。これはヘリオグラフィーがアスファルトを利用した印刷のフォトレジストに近いものであり、ダゲレオタイプによる銀板写真は1点ものであることでした。これに対し、カロタイプによるネガ-ポジ法は近代写真と同じように複数のプリントを作ることができるのが特徴です。タルボットはその後、世界で初めての写真集としてこのネガ-ポジ法のカロタイプでプリントを貼りつけた「自然の鉛筆」を刊行しました。
≪イギリス製カメラが時代ごとに分けられて展示されています≫
今回の展示では、19世紀中ごろから20世紀中ごろにかけて隆盛を誇ったイギリスのカメラを、初期の木製暗箱から小型メタルカメラ、後期のインスタントカメラまで、約250台が展示されています。この中で最も注目されるのが、タルボットがいまから170年ほど前に使った、きわめて歴史的なカメラが特別展示されていることです。このカメラはタルボットの奥さんにより“小さなネズミ獲り”と名づけられていましたが、いわばイギリスの国宝的なカメラなのです。今回は英国王立写真協会と英国国立メディア博物館の厚意により、英国圏外への持ち出しは初となり、運搬、展示ケースの仕様、展示環境(温湿度、照度)、セキュリティー、保険などは過去に例のない厳しさが求められました。
≪タルボットが使ったマウストラップカメラの正面と背面≫
展示ケースに収められたタルボットが使ったマウストラップカメラは、小さなものですが、それなりに理にかなったものです。まずレンズの口径を大きくし、画面サイズを小さくすることにより露出時間が短縮されるというものです。また、紙ネガ方式のカロタイプであることから多くの複製物(プリント)ができるのです。
≪各部に止められた木ネジのすり割りを同じ方向に統一するなど細かい配慮がうかがえます≫
実は、今回の特別展示は、副題を“王国の気品 マホガニー&ブラス”としていますが、イギリスカメラを代表するのはマホガニーなどの高級な木地を使った木製暗箱で、しかも操作部のノブやツマミ、各部に組み立てで使われている木ネジなどが真ちゅう(ブラス)で作られていて、レンズの鏡筒も真ちゅう製というのがほとんどなのです。これらは単に年代的にそのような素材の時代であったということだけではなく、木地の木目の見せ方、その木目の各部に止められた木ネジのすり割りを同じ方向に統一していたりして、機能美としての美しさはいうまでもなく美術工芸品といっても決して過言ではないほどに、手作りで丁寧に仕上げられているのも特徴です。≪ポラロイドのスペクトラProもイギリス製です≫
日本カメラ博物館には、すでにジルーのダゲレオタイプカメラが常設展示されていますが、写真術創成期の技術史的にきわめて重要な英仏カメラが一堂に会する機会はこれからもなかなかないと考えられます。会期は12月20日まで、お見逃しのないように、ぜひ足をお運びください。