写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

ベス単フード外しの描写

画一的というか、写りすぎる現代のカメラ(レンズ)に対して、一味違った上質の描写(ご本人にとって)を求めるのは今も昔も変わらないようです。ボケ描写の美しさを求めてヘリヤーやニコラペルシャイドなどの古典レンズを使う人、ライカのソフトフォーカスレンズタンバールを求めたり、妖艶な描写を求めて工業用レンズまで駆使する人若い人たちの間で人気なトイカメラの描写などさまざまですが、最近のデジタルカメラでは、わざわざトイカメラモードを設けたりと、古今東西、一味違った描写へのアイディアは尽きません。
そんななか元祖、上質描写を目指したベス単派のオリジナルプリントを展示した写真展が、JCIIフォトサロンで若松豊光作品展「百花 誰が為にか開く」と題して、2010年6月1日(火)から6月27日(日)まで開かれています。作者の若松豊光さんは明治41年北海道に生まれ、若い頃から写真を趣味とし、昭和30年代にはアマチュア団体に所属し本格的に写真作品の制作に取り組み、昭和40年代から50年代には、ベス単派の同人誌『光大』誌で多数の作品を発表しました。作品は、若松さんが長年居住していた台東区上野界隈ほか、旅行先の里山、街角などをベス単フード外しならではの独特な柔らかな描写でとらえています。

ところでこのベス単のフード外しとは、コダックが1912年に発売した「ベスト・ポケット・コダックの単玉レンズ付き」の略称で、レンズ部の絞りを兼用したフードをわざと外し、単玉特有の収差を利用したソフトフォーカス描写として、大正末期から昭和初期の日本のアマチュア写真家たちに愛されました。ベス単派とは、ベス単を使って自然観照を作品の主眼とするアマチュア写真家のことを称します。
展示されているプリントは俗にいうビンテージプリントなのですが、写真を見て思ったのは、いかにもフィルムというかアナログの持つ柔らかな描写特性です。昨今では、完全アナログを通したプリントを見ることは難しいですが、遠い昔の柔らかな描写を見たときに、少しオーバーな表現ですが、なぜか心休まるものを感じたぐらいです。
そしてもうひとつ気になったのは、5月30日のライカカメラ社オーナーDr.カウフマン氏が、講演会当日の参加者が質疑応答のときにライカの交換レンズにかつてのソフトフォーカスレンズタンバールを加えて欲しいといったときに、明快に「デジタルではタンバールの描写は再現できないから、作らない」と言い切ったことです。それはそれでよくわかりますが、僕としては、こんどソフトフォーカスレンズをデジタルで使ってみようという新しいテーマを見つけたわけです。