≪ファームアップしました≫2023/25/22
京都メディアジョイに連載されている「ライカに始まりライカに終わる」の第五十四回目として『復刻版「ズミルックスM35mmF1.4」を使ってみました』がアップされました。内容を整理し、作例画面は画僧等倍まで拡大して見ることができます。
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ライカカメラ社は、2022年10月にかつてのフィルムカメラの「ライカM6」とMマウント交換レンズの「ズミルックスM35mmF1.4」を復刻し2022年の11月から発売すると発表しました。M6は1984年から2002年にわたり延べ約17万5,000台が製造されたというフィルムカメラです。一方ズミルックスM35mmF1.4は、1961年に登場した第1世代機と同じもので、何本製造されたかはライカカメラ社の発表するシリアルナンバーリストを見れば製造本数はわかるのですが、まぁそこまでは必要ないでしょう。とはいってもライカカメラ社はすでにMシステムのオールドレンズ復刻版として“クラシックシリーズ”名で「ズマロンM28mmF5.6」、「タンバールM90mmF2.2」、「ノクチルックスM50mmF1.2 ASPH」を復刻しているので、今回のズミルックスM35mmF1.4を加えると4本目となるのです。
≪復刻されたズミルックスM35mmF1.4をライカM11に装着≫
■レンズとフィルムカメラの復刻は時代の要請か
昨今、ライカマウントレンズの復刻はちょっとしたブームであって、ご本家ライカカメラ社のみならず、1958年に発売された距離計連動ライカ用の第1世代8枚玉「ズミクロン35mmF2」のクーロンレンズを中国メーカーが「LIGHT LENS LAB V2LC 35mmF2」(俗称、周8枚)として発売し話題を呼びましたが、その後ホロゴン15mmF8の復刻なども伝えられていて話題には事欠きません。
ところがライカカメラ社はこの交換レンズだけでなく、レンジファインダー機「ライカM6」を復刻しましたが、これはM6ボディや一部交換レンズの中古相場が値上がりしていることと、一部のユーザーにとっては、まだフィルムライカカメラが根強い人気であることに応えたのではと考えられます。
さらに追いかけるように日本のリコーイメージングもPENTAX ブランドで、新たにフィルムカメラの開発検討を行う「フィルムカメラプロジェクト」を開始したことを12月20日に発表しました。これは同社が推進する一眼レフでなくコンパクトカメラらしいのですが、こちらも話題性は十分ですが、現実問題としてフィルムを使った撮影は、フィルム種類の減少、価格の異常な高騰、環境問題、さらにアナログプロセスを貫こうとするとシステムそのものが黒白写真システムを除けば分断されていて、デジタルプロセスの介在なくしては難しいなどの問題を抱えています。近年のフィルムカメラ復刻版としては、ニコンが2000年にミレニアム記念モデルとして「ニコンS3(1958年)」を、2005年には「ニコンSP(1957年)」を復刻発売して話題を呼びましたが、その直後にカメラはフィルムからデジタルへと大きな変換を遂げましたので、S3とSPの復刻版も今となってはカメラとしての話題性も希薄となりました。
さて交換レンズの方はどうでしょう。2022年9月に開かれた銀座松屋の「世界の中古カメラ市」では、ライカのノクチルックスM50mmF1.2が726万円と値が付けられ販売されたり、先ほどの8枚玉第1世代ズミクロン35mmF2が中古を扱う新宿の大型店で100万円の値がついているというのです。さらに11月26日開催のライカカメラ社のオークションでは「試作のノクチルックス50mmF1.2が20万ユーロ(約2,900万円)でスタートで、いくらで落札されるのだろうかとは、一部のライカマニアの間では話題になっていますが、そこまでくると使うためのレンズというよりも、単にコレクション、さらには投機のためにレンズとして存在するということになってきます。いずれにしても、私とは無縁のところでの話です。
■復刻版「ズミルックスM35mmF1.4」が私の手元にやってきた
ところが、やはり好きな人にとっては、どうしても欲しい場合には少し思い切れば購入できるのが復刻版の良いところです。今回の復刻版「ズミルックスM35mmF1.4」は税込572,000円。高いか安いかはその人の財布にもよるわけですが、復刻版を早速購入したSTさんが、使ってみていくつかの問題を抱えて私の所へやってきました。
≪ライカM11に装着された復刻版ズミルックスM35mmF1.4と2種の専用フード≫ 左の小判型(12487)は第1世代ズミルックス35mmF1.4のフードに見られるレンズ鏡筒前面溝にくわえ込むタイプです。右は丸形フード(12486)で、ねじ込みタイプです。なぜ2つ付いてきたか不明で、フィルターの装着に関係があるようで、小判型だとフィルターが取り付けられなく、丸型だと取り付くのです。あくまでも推測ですが、第1世代には小判形が、第2世代には丸形が純正フードとして用意されていたことと無関係ではなさそうです。
STさんによると、M型デジタルで撮影すると画面4隅がけられるというのです。ご本人としては、レンズ前面にライカカメラ社の純正フィルターを付けて、さらに付属してきた専用丸形フードを付けて(小判型は付かない)、「ライカM11」で画面4隅にケラレがでたというのです。それで、マウントアダプターを介してミラーレス機の「キヤノンEOS R3」に装着して撮影したところやはり同様の結果だったというのです。
STさんにしてみれば、安い買い物じゃなかったのに四隅がケラレるとは意外だというのです。そこで、もしやまさかとも思いフィルムカメラで撮影したらどうだろうかと提案しました。用意したのはM型ライカのフィルムカメラの実質的最終機である「ライカM7」です。この結果はやはりM11と同じだったというのです。
実はSTさんは私にレンズを持ち込む以前に、ライカのレンズ持ちさんでオリジナル・ズミルックス35mmF1.4を持っていそうな人に声をかけたそうですが、お目当ての方は手放してしまって今は所有していないというのが実情だったようです。つまり復刻版ですからオリジナルと比較して見るのが一番良いと考えたのでしょう。ところがそれがかなわないから、あれこれ試したようです。STさんのレベルで、もしオリジナルの第1世代も4隅がケラレればSTさんは納得したのでしょうか。
◐復刻版レンズでケラレが発生するのだろうか
決着がつかないままSTさんが最初に持ち込んできたのは、ライカM11と復刻版ズミルックスM35mmF1.4と付属してきた2種のフード、さらにライカカメラ社のフィルターとケンコーの薄型Proフィルターです。これで①何も装着しないで撮影、②小判形フードと丸形フードだけを取り付けて撮影、③丸型フードに各フィルターを取り付けて撮影、ということを試してみました。そこで、無限遠風景を上記フィルターとフードを種々組み合わせて絞りF1.4開放とF5.6で撮影してみたところ、確かに丸形フィルターとライカフィルターと組み合わせて無限遠を被写体にして撮影するとケラレらしきものが表れるのです。
≪左から、STさんが持ち込んできたケンコー薄型Proフィルター(46mmΦ)とE46ライカ純正フィルター。ライカフィルターのパッケージ、文字下列にはMade in Japanと書かれていますが、今まではそのような記述はありませんでした≫
ということで実は、持ち込まれた時点で、それぞれのフィルター・フードで、絞り値を変えて撮影してブログ用レポートとして書き始めていると、どういうわけかSTさんは知人に第1世代機を所有している人を見つけて持ち込んできたのです。しかもオリジナルフードとフィルター付きだというのです。これではしょうがない、すべて最初からやり直しです。そのまますべての撮影データを廃棄して、新しくやり直せばよいのですが、せっかくですから、以下にその上記フィルターとの組み合わせの撮影結果の一部を示します。
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4:ライカフィルター、丸形フード、ライカM11≫ 水平に向けた空の部分の画面上左隅部分をトリミングして掲載、無限遠撮影。左:F1.4、右:F5.6。当然ですが、絞り開放F1.4では周辺光量の低下であるビネッティングが認められ、F5.6に絞っても同じ傾向です。画像は撮ったままです。
■復刻版と第1世代機のフィルターあるなしを実写比較
STさんの根性というか執念なのでしょう。せっかく進めてきた私の実写テストもすべてやり直したほうが良いと考え、新たな組み合わせでテストしました。以下にはその組み合わせ写真をフローチャート的に並べてみました。
大まかに分けると、左は「復刻版ズミルックス」と使用したフィルターとフード。右は「第1世代ズミルックス」と使用したフィルターとフードです。
復刻版ズミルックス:突起分を部を除いたレンズ円周(47.4mmΦ)とマウント基準面から先端までの寸法(26mm)を示しました。ライカ純正フィルターとケンコー46mmΦフィルター。フードは小判形の実写はフィルターが付かないので省略。それぞれを外した状態、フィルターを付加、さらにフードを付加した状態で、それぞれを絞りF1.4とF5.6で実写。フードの赤い線は最大径を表し、H16mmとはねじ込んだ後にでた部分の高さ。同様にライカ(5mm)とケンコーフィルター(4.6mm)のねじ込んだ後に飛び出た高さは写した結果がすべてなので、写真には書き込みませんでした。
第1世代ズミルックス:第1世代ズミルックスに付いていたのは、39mm→41mmΦのステップアップリングを介して、41mmΦのマルミ製フィルターでした。そこで私の所有する、時代的には少しさかのぼる1950年代のズマリット50mmF1.5に付けていたフィルターが41mmΦでしたので、そちらを直接付けて同様に試してみることにしました。この41mmΦのフィルターは、1971年にライカM3を中古で買ったときに付いていたズマリット50mmF1.5用ですが、当時もすでに41mmΦは市中にはなくケンコーに特注して購入したもので、ブランド名や寸法は枠に記されていません。
第1世代ズミルックスを所有しているPさんはなぜステップアップリングを使っていたのかと考えましたがわかりません。そこでSTさんに聞いてもらうと、使用ボディはライカM8だというのです。M8は撮像板がCCDでAPS-H(×1.33)判なので約46mm相当の画角となるのです。このような使い方なら周辺減光の影響はまったく気にならないでしょう。では、直接付く41mmΦのフィルターになぜ39→41mmΦのステップアップリングを使ったのでしょうか。問い合わせてもらうと、なんと純正以外を使うとレンズ面に傷がつくというようなことをどこかの本で読んだことがあるので、外れやすくてもステップアップリングを付けて下駄をはかせたというのです。やはり大切なレンズを守る気持ちは大切ですね。
上の写真を見てお分かりになるように、撮影に用いた各フードは最大直径に加えて、レンズ鏡胴部先端からフード最先端部までの寸法が丸形では16mm、小判形では22.2mmあるのです。つまり単純にはフードの口径が大きいからとか小さいからとは言えないのです。もちろん設計時にはそれらを含めて光線追跡するのでしょうが、ユーザーレベルでは単純に実写比較してみるしかないのです。
それでは、以下に各フィルターとフードの組み合わせの撮影結果を示します。
◑復刻版ズミルックス
◕フィルターを付けて、フードなし
≪復刻版:絞りF1.4、ライカフィルター、フードナシ≫ ここでは周辺4隅の減光具合を見るためなので大きく拡大はしていませんが、開放絞りの独特なふわっとした感じは良くでています。絞り開放、ほぼ無限遠撮影で周辺光量は低下しています。
≪復刻版:絞りF5.6、ライカフィルター、フードナシ≫ こちらは絞りF5.6、周辺光量はわずかに減光してますが、被写体と光線の状態にもよるでしょうが、ケラレがあるとは感じません。
≪復刻版:絞りF1.4、ケンコーProフィルター、フードなし≫ こちらはフードなしの状態ですが、フィルターを付けていない状態と大きく変わりはありません。
≪復刻版:絞りF5.6、ケンコーProフィルター、フードなし≫ ケンコーProフィルターがついた、絞りF5.6・無限遠撮影ですが周辺光量はたしかに減光してますが、フィルターなしと同様にケラレがあるとは感じられません。
◕フードとフィルターを付けてみる
≪復刻版:絞りF1.4、丸型フード、ライカフィルター≫ こちらはフードとライカフィルターを付けての状態ですが、四隅の減光はフィルターを付けていない状態よりわずかに多いように見えますが大きく変わりはありません。
≪復刻版:絞りF5.6、丸型フード、ライカフィルター≫ 丸形フードとライカフィルターを付けた状態です。周辺光量はたしかにこの組み合わせの方が、わずかに大きく減光してますが、フードなしと同様に物理的なケラレがあるとはいいきれません。
≪復刻版:絞りF1.4、丸形フード、ケンコーProフィルター≫ ケンコーProフィルターに丸形フードを付けたことにより絞り開放でも周辺減光が目につきますが、フィルターの差により減光が変化したとは言い切れないほどの違いです。
≪復刻版:絞りF5.6、小判型フード、ケンコーProフィルター≫ ケンコーProフィルターに丸形フィールターに付けると、フードを付けていまが、絞りF5.6では周辺減光がわずかに残りますが、やはり物理的なケラレとは認められません。
◑第1世代ズミルックス
◕何もなし
結局、第1世代ズミルックスがどのような描写特性を持っていたかが大切なので、ここではあえて、フィルターもフードもつけない状態もテストしてみました。
≪第1世代:絞りF1.4、フード、フィルターなし≫ 念のためにとフードもフィルターもない状態です。
≪第1世代:絞りF5.6、フード、フィルターなし≫ F5.6に絞るとみごと周辺まで空の濃度は均等です。
◕フィルターを付加
≪第1世代:絞りF1.4、39→41Φフィルターのみ≫ 一連の絞り開放撮影の中で最も周辺が落ち込んで見えるカットとなりました。39Φ→41Φのステップアップリングを介して41Φフィルターを付けのはレンズに傷をつけたくないという理由からでしたが、操作中にフィルターが外れることもありましたし、それだけフィルター枠の厚身みがでて高くなり周辺光量が低下が増大したのです。41Φフィルターを直接ねじ込めばその減光はわずかなものとなるのです。
≪第1世代:絞りF5.6、39→41Φフィルターのみ≫ F5.6に絞り込んでも周辺減光の影響は避けられません。やはりフィルターに下駄をはかせていますから影響はあるわけです。
≪第1世代:絞りF1.4、特注41mmΦフィルターのみ≫ ステップアップリングを付けなくて41mmΦフィルターだけの撮影ですが、当然のこととして4隅の光量落ちは少ないです。
≪第1世代:絞りF5.6、特注41Φフィルターのみ≫ F5.6に絞り込むとみごと解消です。
◕フード、フィルター付加
≪第1世代:絞りF1.4、小判形フード、39→41Φフィルター≫ 絞り開放でステップアップリング付きフィルター、フードを加えると、極端にに周辺減光が目につきます。
≪第1世代:絞りF5.6、小判形フード、39→41Φフィルター≫ F5.6に絞り込めば減少はしても、周辺の落ち込みは気になります。
≪第1世代:絞りF1.4、小判形フード、特注41Φフィルター≫ 絞り開放だとやはり周辺の落ち込みが気になります。
≪第1世代:絞りF5.6、小判形フード、特注41Φフィルター≫ 絞りF5.6に絞ると、おみごとと言えるくらい気になりません。これなら文句なしですね。
■ケラレとは何を意味するのだろうか?
結局これらの撮影からわかることは、最周辺がケラレたように見えるのは、物理的なケラレの要素もありますが、光学系そのものからくるビネッティングの作用とも考えられます。特に距離計連動時代の対象型近似の光学系では周辺光量が低下することは良く知られたことです。したがって何も付加しないデフォルトの状態でも一眼レフ用のレトロフォーカスタイプと比較するとかなり周辺減光が目につくのもよく知られたことで、これにフィルターを加えるとフィルターそのものの前枠がせり出すようになり周辺の画像はケラレたようになり、さらにフードを装着すると、場合によっては周辺減光がさらに増大するというわけです。見方を変えると光学系内の絞りを変えるのでなく、フロント部分に絞りを付加したようになり、絞り開放での周辺光量の低下が顕著になり、絞り込むと改善されるのではないかと考えられます。
ところで1961年に発売された第1世代ズミルックス35mmF1.4のフィルターサイズはE41(41mmΦ)だったのです。改めて復刻版のニュースリリーズを見ると『今回登場する「ライカ ズミルックスM f1.4/35mm」は、1961年に登場したオリジナルと同じ光学的な計算と設計に基づきウェッツラーにあるライカの工場で製造されています。また、「スチールリム」の通称で知られるステンレス製のフロントリング、固定できるフォーカスリング、ブラックカラーの着脱式レンズフードも、オリジナルと同じデザインが採用されています。さらに、オリジナルにはないレンズフードを新たにもう1点付属します。このレンズフードはフィルター用のネジを備えており、E46フィルターを取り付けることが可能です。』と書かれています。つまり、1961年のオリジナルと同じ光学設計手法であってもまったく同じではないわけです。
結局、1961年の第1世代ズミルックスはフィルター径が41mmだったのが、復刻版は46mmになったのです。復刻版の直径7mm増はなにが原因だったのでしょうか、機械加工や絞り羽根組み込みの問題か、それとも61年前と現在の使える硝材の違いからくるものなのでしょうか、ライカカメラ社に聞いてみなくてはわかりません。唯一考えられることは、現在ライカの主流フィルターは46mmΦであることでそれに合わせたということも考えられます。さらにいうならば、小判形・丸形フードが最初から用意されていて、小判形にはフィルターを装着できないというのも腑に落ちません。
以下に一部に関係あると思われる部分をライカカメラ社テクニカルデータシートから部分的に引用紹介します。
≪左から順に、復刻版ズミルックス35mmF1.4断面図、復刻版レンズ構成図、1961年当時の発表のズミルックス35mmF1.4のレンズ構成図(ライカカメラ社データシート、世界のライカレンズ1より)≫ 2種の構成図からわかることは、復刻版ではG3とG5に段差があるのに、第1世代にはありません。これは現代の製造技術からくるものでしょうが、曲率形状も含め第1世代と復刻版の5群7枚には大きな違いはないと考えられます。
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4のディストーションとビネッティング、ライカカメラ社データシートより≫
最周辺光量の低下はテクニカルデータシートにあるようにビネッティングの問題も明らかですが、ケラレの発生は光学設計部門と金物設計部門との連携がうまくいかなかったのではないかとも考えられます。特に今回はフィルターを使うとケラレが発生するのは単純にそれぞれの連係がうまくいっていないからではないかと考えるわけです。またねじ込みとはめ込みのフードが2種用意されているのもオリジナルに忠実なためでしょうが、小判形のフードにフィルターが付けばよかっただけなのに、そこがもうひとつすっきりしません。なお当時はオリジナル「ズミルックスM35mmF1.4」の第2世代機ではシリーズⅦフィルター(M48×P0.75)を取り付けるように改良されていました。つまり第1世代機ではすでにその辺りが問題になっていて、フィルターをシリーズⅦに変更させた第2世代機ができたのでしょう。
■さまざまな場面で撮影してみました
いくら実写とはいえいろいろと試しても、実際撮影場面でどのように写るかが大切でして、そこの部分を見てみましょう。以上は、それぞれ所有者さんの使い方を踏襲しましたが、私の撮影場面ではフードは使うけれど、フィルターは付けないという主義なのです。これはいつもそうかといわれると困りますが基本的にはそのようにしています。
◐復刻版ズミルックスの描写
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4、丸形フード付き、フィルターなし、絞り開放≫ F1.4・1/3200秒、ISO-Auto200,ピントは正確を期するために最大限拡大して三脚に載せて画面中央のドアノブに合わせています。ボディはニコンZ7(M11ボディに大きなホコリが付いてしまい取れなかったので)。STさんの言うように確かに空の部分は黒く落ち込んでいますので、一見してフードによる周辺光のケラレのようにも見えますがビネッティングによる周辺光量の低下と考えます。
ライカカメラ社のニュースリリースによると『200g程の軽量さを一貫して維持し続けたことも特長のひとつといえるでしょう。何よりも特筆すべきは、その優れた描写性能と独特の表現です。絞り開放で撮影すればうっとりするようなやわらかいボケ味が得られます。そのボケ味はデジタル技術を駆使しても再現することはそう簡単ではありません。ボケの効果が魅力的なあまり、「ライカ ズミルックスM f1.4/35mm」は「True King of Bokeh(ボケの王様)」の異名でも呼ばれています。また、逆光のシーンで絞りを開放にすれば、意図的にレンズフレアを発生させることができ、クリエイティブな表現に活用することが可能です。一方、f2.8まで絞り込めば、きわめてシャープで歪曲収差もない端正な描写が得られます。その描写は現代に求められる高い画質レベルにも十分に達しています』。この撮影距離では確かになるほどの画像で、画面全域にわたって確かに柔らかなボケ描写を示します。
1961年の時代に絞り開放F1.4でほぼ無限遠の撮影を撮影をしようとすると、横走行布幕フォーカルプレンシャッターの最高速度1/1000秒では露出オーバーになるので、低感度フィルムを使わなくてはならないことになり、当時の撮影法としては成しえなかったことであり、縦走行メタルフォーカルプレンシャッターにより可能になったとも言え、さらにはデジタル時代だからこそ可能なシャッター速度とレンズ最大口径の組み合わせで初めて可能になったといえる露出であり、描写です。
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4、丸形フード付き、フィルターなし、絞り開放F5.6≫ F5.6・1/250秒、ISO-Auto200,ピントは正確を期するために最大限拡大して三脚に載せて画面中央のドアノブに合わせています。左右640ピクセルでは詳細は見えませんが、絞ったせいかシャープさは素晴らしく、周辺減光はほとんど解消されています。Z7
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4、丸形フード付き、フィルターなし、絞り開放≫ F1.4・1/1600秒、ISO-Auto200。もっと拡大して見るとわかりますが、中央部の横濱市瓦斯局の文字はシャープで立体的に描出されています。近距離だからでしょうか周辺部光量の落ち込みもまったく気になりません。Z7
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4、丸形フード付き、フィルターなし、絞り開放≫ F1.4・1/100秒、ISO-Auto720。画面中央の中ほどにある軸受け部分にピントを合わせていますが、前後の光沢ある金属部分のボケ具合も乱れはなく良い感じで描出されています。Z7
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4、丸形フード付き、フィルターなし、絞り開放≫ F1.4・1/100秒、ISO-Auto250。画面中央下にある椅子の手すりにピントを合わせてありますが、ボケの感じは良好です。Z7
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4、丸形フード付き、フィルターなし、絞りF2.8≫ F2.8・1/3200秒、ISO200。一番左上には、葉のないケヤキの枝を写し込んでいますが、最端部までケヤキの枝が写り込んでいるのが確認できるわけですから、減光は認められても物理的なケラレは見られません。Z7
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4、丸形フード付き、フィルターなし、絞り開放≫ 写真家兼本玲二さん。F1.4・1/100秒、ISO280。背面壁面が白かったために、撮影時は顔がアンダーになりましたが、掲載時にはトーンカーブを持ち上げて少し見えるようにしました。壁面の照明が作品主体であり均一感はありますが、下の隅部の落ち込みは上部より大きく感じるのはそのためでしょう。Z7
≪復刻版ズミルックスM35mmF1.4、丸形フード付き、フィルターなし、絞り開放≫ F1.4・1/100秒、ISO-Auto280、+1EV。ボディはニコンZ7。LEDによるイルミネーションを撮影しましたが、手前の時計台のポールにピントを合わせてみましたが、対角位置にはコマ収差が発生していますが、焦点距離とF1.4という大口径であることなどを考え、フォーカス位置などを考慮すると、さほど大きなコマ収差であるとは感じません。
◑第1世代ズミルックス35mmF1.4で撮ってみました
結局手元には短時間でしたが、第1世代ズミルックス35mmF1.4もありましたので、何カットか紹介しましょう。
≪第1世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF5.6・1/1000秒、ISO-Auto100、ILCE-7RM4、小判型フード、フィルターなし、TECHART LM-EA7使用でAF撮影≫ 晴天下の川縁を撮影しましたが岩板と小石の質感、さらには静かに流れる川の水も精緻に描写されています。少なくともこの場面では、周辺光量の落ち込みは無視できる範囲です。
≪第1世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF2.8・1/1250秒、ISO100-Auto、ILCE-7RM4、小判型フード、フィルターなし、TECHART LM-EA7使用でAF撮影≫ 線路際にいたら列車が走ってきましたので、シャッターを押しました。架線と車両の直線性などは気持ちよく、歪曲は感じさせません。
≪第1世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF2.8・1/1000秒、ISO-Auto100、ILCE-7RM4、小判型フード、フィルターなし、TECHART LM-EA7使用でAF撮影≫ 古い木造の建物を見つけましたのでシャッターを切りました。感じからすると、病院か役所の出張所でしょうか。
≪第1世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF1.4開放・1/640秒、ISO-Auto800、小判型フード、フィルターなし、ILCE-7RM4、TECHART LM-EA7使用でAF撮影≫ 蕎麦屋さんの駐車場に複数あった丸い球体に近いフグの広告塔で、そのうちの1体。ただただ面白かったからシャッターを切りました。
≪第1世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF1.4開放・1/200秒、ISO-Auto100、小判型フード、フィルターなし、ILCE-7RM4、TECHART LM-EA7使用でAF撮影≫ LEDランプのトンネル。球面収差の発生の具合がわかりますが、LEDランプは透明のチューブの中に入っているので点光源から発する状態からすると若干異なるかもしれません。
≪第1世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF2.8・1/1500秒、ISO-Auto160、小判型フード、ライカM9≫ 耐震強化工事を終えたビルの前壁面ですが、目がくらくらするような気がするのは。私だけでしょうか。久しぶりに引き出して使ったM9ですが、空の発色は他機種でも同じ感じで、CCDならではのものか、コダックの撮像素子に起因するのかはわかりませんが、C-MOSを使ったM(Type240)やM11とは一味違う発色です。
◑第2世代ズミルックスとも比較してみました
実は、STさんが第1世代ズミルックスを探してくる前に、私自身もどうしてもと探していたら意外と身近に第2世代ズミルックスを持っている方というか、日常的に使っている方を思い出しました。さっそく打ち合わせて、両者でそれぞれのズミルックスを持ち寄りお互いに試すことになりました。所有者はライカ愛好家では知る人ぞ知る近重幸哉さんです。近重さんと知り合ったのはライカを介してで、ジャーナリストですが写真家ではありませんし、コレクターでもありません。ただ、かなり早い時期にドイツの旧エルンスト ライツ社の本拠地であるウエッツラーをご自身で訪れエルンスト・ライツ家のお墓参りをしたりと、ライカに対する情熱と使いこなしには素晴らしいものがあります。
待合わせ場所は墨田区押上にある「寫眞喫茶アウラ舎」というレンタル暗室兼ギャラリーカフェで、いかにもライカ使いやフィルムカメラファンが集う場所です。開店の3時に入店してしばらくは近重さんと私だけというわけで、店内でいろいろ撮影させてもらいました。奇遇なことにオーナーの大島宗久さんは東京工芸大学写真学科の卒業生で、私が一時期非常勤講師をしていた時に習ったというのです。若い人が写真で頑張るのは素晴らしいし、私の名前を覚えていてくれたというのもうれしい限りです。撮影は、近重さんがライカM10、私がニコンZ7でというわけで、それぞれがレンズを交換し合い店内でさまざまなアングルと絞りを変化させて撮影しました。結果は以下ですが、必要最低限ということで、絞り開放の私のポートレイトです。
≪復刻版ズミルックス35mmF1.4:絞りF1.4開放・1/90秒、ISO800、丸型フード、フィルターなし、ライカM10≫
絞り開放でも素晴らしい解像感があり、無限遠に近いガスミュージアム館のフレアッぽい描写とはまったく違うシャープな描写です。前後のボケ具合もクセもなく自然です。4隅を見るとビネッティングの影響はなく減光はしていません。これはフォーカシングにより全玉が前側に繰り出されるため事実上画角が狭くなったためだと考えられます。さまざまな場面で試しましたが、色調は復刻版のほうが色調がわずかにクリアで鮮やかな感じです。これは1961年と現代の硝材の違い、コーティングの違いなどによるのでしょうが、好みの範囲内です。撮影は近重さん。
≪第2世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF1.4開放・1/90秒、ISO800、丸型フード、フィルターなし、ライカM10≫
一目見てわかるのは、復刻版に比べて色調がわずかに渋いというか彩度の低い描写を示します。この辺りはコーティングの違いからくるのでしょうが、十分に好みの範囲であり、デジタル、フィルムとも補正可能な範囲内だといえるでしょう。解像感、ボケ具合、周辺の描写は絞り開放でも素晴らしく、復刻版も第2世代も大きく変わることはありません。撮影は近重さん。
≪第2世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF1.4開放・1/80秒、ISO800、丸型フード、フィルターなし、M10≫ アウラ舎 大島宗久さん。大島さんの目にピントを合わせての撮影ですが、前景に大きくボケを含むように配置されたコーヒーの器具類、背後のボケを含めて自然です。撮影は近重さん。
≪復刻版ズミルックス35mmF1.4:絞りF1.4開放・1/90秒、ISO-Auto800、丸型フード、フィルターなし、Z7≫ やはり復刻版のほうがわずかに色鮮やかに写るようです。
≪第2世代ズミルックス35mmF1.4:絞りF1.4開放・1/90秒、ISO-Auto800、丸型フード、フィルターなし、Z7≫ 色調のわずかな違いのほかは、画質は甲乙つけがたいです。
近重さんは、フィルム時代のM4からデジタルのM10まで、第2世代ズミルックス35mmF1.4につねにシリーズⅦフィルターを付け、純正の丸形フィルターを装着ているそうですが、画面周辺にケラレが生じるとはまったく感じないそうです。
■ひとことに言って周辺光量の低下とは
今回は2022年の12月に撮影を開始し、終えたのが2月下旬ということで、延べ3か月もかけてしまいました。この間いろいろなことがあり、時系列でいうと、①最初は復刻版レンズとフィルター2種、②次は第2世代レンズと復刻版レンズ、③引き続き第1世代レンズと復刻版レンズにフィルターが4種となり、さらにそれぞれ絞り値をF1.4開放とF5.6と絞った条件で3カットずつシャッターを切るのが最低限の組み合わせでした。結果として、膨大なサンプリング数となり煩雑で見にくい感じがあったとは思いますが、その点はご理解ください。
しかし今回の復刻版レンズの登場は、復刻版とは何かということを考えるのには、たいへん良い勉強となりました。そこから学んだことを箇条書にすると、
①ケラレには物理的なケラレと光学的なケラレがある。(物理的なケラレはフィルター、フードの装着、さらにはレンズ鏡胴内の機械的なものもある)
②光学的な周辺減光はレンズ設計のタイプによっても変わる。(ビネッティングやビグネッティングと呼ばれる)
③復刻版レンズは距離計連動式ライカM3やM2の時代に作られたレンズの復刻であり、現在の最新光学系によるものと比較することは難しい。
④フィルムカメラの時代にはほどよい周辺光量の低下があって、ポートレイトや風景でも主題を表現として引き立たせたりすることもあり、周辺減光はむしろ好ましいこととして捉えている人もいる。
⑤かつて営業写真館ではビネッティングというノコギリ刃状の小道具を使ってあえて周辺光量落ちを作り出していた。
⑥大判カメラでは、絞り込みによってイメージサークルが広がるのがあり、そのことを知って写真師は絞りをコントロールしていた。
⑦フィルムの時代とデジタルの時代では、周辺光量の落ち込みは異なり、デジタルでは撮像素子の進歩により大きく周辺光量の低下は変わるし、機種にによっては電気的に画像処理でビネッティングを補正するのがある。復刻版には6bitコードがあり、そのあたりまで補正は設定にもよるができるはず。
⑧フィルム時代では若干の周辺光量の低下は、機種にもよるが引伸機の光学系の周辺光量の低下などもあり、プリント時にはフィルムの濃度と差し引き補正されることもある。
⑨フィルムは、プリント時にネガキャリアによっては周辺がカットされることもあるし、さらにリバーサルフィルムでは、マウント枠によってけられることもあったのです。
そもそも1961年、ざっと60年以上前のフィルムカメラの時代のレンズ設計技術を復活させたわけですから、デジタル時代のカメラと整合を図ろうとするとなにか無理がでてきてもおかしくないわけです。
■終わりに
今回の試用で思ったことはたくさんありましたが、復刻版所有者であるSTさんに伝えたのは『ライカのレンズには愛情をもって接して欲しい』ということでした。それでなければ、いまどき高価なレンジファインダー機を使うことを含めて、復刻版を買った意味はないわけで、長所と短所(特徴)をいかに上手く使い分けるかは撮影者の技量であるわけです。特に絞り開放で無限遠近いところでのふわっとしたボケの描写は、正にライカカメラ社のいう「True King of Bokeh(ボケの王様)」を感じさせるものであり、光学的な数値の高さを示すものが必ずしも写真的に良い描写を示すとはいえないわけで、最近の若い人たちが描写特性としてクラシックレンズを使うのを好むというのも、納得いくことです。
このようなことを書き連ねていたら、ミラーレスで同じLマウントグループのシグマがfpを発売した時の「シグマDG DN 45mmF2.8」は、絞り開放で最短の撮影距離から70~90cmを超えたあたりからシャープになるというコンセプトだったことを思い出しました。ズミルックス35mmF1.4は、無限遠が絞り開放で独特のほわっとした描写を持つのに対し、シグマのはその逆なわけで、どちらも少し絞り込めばシャープな描写になるということでは同じ思想を持っていると考えられます(昔のレンズは皆そうだっといわれると困りますが)。古典レンズの描写が、現代の最新レンズにも通じるというのはおもしろいことです。 (^_-)-☆
注)後日、再編集して京都MJの「ライカに始まりライカに終わる」に掲載しますので、画素等倍に拡大して見られるようになります。