写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

ライカカメラとライツパークと腕時計

 ライカカメラ社(Leica Camera AG、本社:ドイツ・ウェッツラー)は、ドイツ・ヘッセン州のウェッツラーにある本社「ライツパーク」に新たな複合施設をオープンし、世界中から関係者1,000人を超える人を招いてオープニングセレモニーを開催しました。
 新しく拡張されたエリアは、4つの建物で構成されており、ひとつは客室計129室を有する「arcona LIVING ERNST LEITZ HOTEL」で、写真のさまざまな要素をコンセプトに内装や空間がデザインされていて、館内では60人を超える写真家が撮影した250点以上の作品が現在展示されているようです。ホテルの隣には2つ目として、ライカミュージアムミュージアムショップ、ライカアーカイブ、ライカアカデミー、ライカストアが入った新しいライカビルディングが完成し、ライカミュージアムはライツパークで重要な役割を果たす施設のひとつとされ、将来は顕微鏡からカメラ、スポーツオプティクスまでを網羅し、ライカの歴史すべてが学べるように展示を充実させる予定とのことです。

≪Ernst Leitz Hotel、撮影:ハービー・山口さん、2018.6.15≫
 3つ目の建物は、エルンスト・ライツ・ウェッツラー社(旧CWソンダーオプティック社)の新本社で、同社はライカカメラ社オーナーのDr.カウフマンが2008年に設立した企業で、シネレンズ「ズミルックスC」などを製造しています。

 4つ目の建物はオフィスビルで、1階には「ライカWatch」の製造や販売を行うエルンスト・ライツ・ヴェルクシュタッテン(Ernst Leitz Werkstatten)が新しく設立されました。ここでは事務所に加え、組立工房、コンサルティングスタジオ、ストアなども併設しています。ライカカメラ社では、この時期"Ernst Leitz Werkstatten”の設立を記念し「ライカWatch」の「ライカL1」(右写真)および「ライカL2」の2モデルを発表しました。ライカWatchはステンレススチール製ケースで、カメラのレンズを想起させるドーム型のガラスなどを採用し、手巻きの機械式ムーブメントで駆動し、裏蓋はサファイアガラス製で、メカニズムを見れるようになっていて、価格は約1万ユーロ。販売は2018年秋以降に、一部のライカストアで予定されています。
 このライツパーク全体の設計を担当したのは、フランクフルトの建築事務所gruber + kleine-kraneburgで、ライツパークにおいて「超近代的」をテーマにした空間をつくりだしており、研究開発、製造、科学技術といった企業的な要素と、文化、グルメ、生活様式といった顧客向けの要素を組合わせて施設を完成させたというものです。ライカカメラ社オーナーのアンドレアス・カウフマン氏は「新しいライツパークは光学産業の代表的な中心地のひとつとなる複合施設で、研究、芸術、文化の各施設が集結し、世界中の写真愛好家を魅了する場所となり、合計で約1,200人の雇用を創出するなど、さまざまな点で地元に貢献するほか、ウェッツラーの街と観光産業に多大な恩恵をもたらすことになるでしょう」と述べています。
 以上、ライカカメラ社からのニュースレリーズをもとにアレンジし、ハービー・山口さんに撮影をお願いして、提供いただいた写真で構成しました。なお今回のオープニングセレモニーには、地元公官庁関係者ほか、日本からも製造協力企業、写真・時計業界のマスコミ、写真家、有力販売店、上得意客などの人々が招かれましたが、現地ショップで特別記念モデルのライカM10を購入した日本人も多かったようです。いずれにしても、ライカカメラ社がこれからも企業として存続していくためには経営基盤の強化すなわち多角化で、既存のカメラ以外の商品の製造・販売がポイントとなるわけで、すでに販売されているスポーツオプティクス、インスタントカメラ「ライカ ゾフォート」、中国企業HUAWEI」と協業のライカレンズ搭載のスマートフォンなどに加えて、新たに自社製造の機械式Watchが加わったわけですが、カメラと腕時計に趣味を求める人は多いので、今後はどのような企業展開がなされるか興味は尽きないです。
 なお前身のエルンストライツ社は1980年代に、カメラのライカカメラ社、顕微鏡のライカマイクロシステムズ社、測量機器のライカジオシステムズ社へと企業分割されています。ウエッツラー市街にある旧エルンストライツ本社の建物はライカマイクロシステムズ社が使い、同じウエッツラー市内にライカジオシステムズ社がありますが、ライカカメラ社は1988年にウエッツラーから近隣のゾルムスへと本社・工場を移転していましたが、2014年にウエッツラー郊外の丘の上にライツパークを開き、本社・工場とも戻ってきたという経緯があります。 )^o^(