写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

写真映像経営者協会(JPEA)46年の歴史に終止符を打つ

 写真経営者協会(JPEA;Joint Photo Electronics Association)は、2018年6月18日に開かれた総会にて、2019年の3月をもって46年続いた活動に終止符を打つことが承認されました。写真経営者協議会は、1973年2月に発令された輸出貿易管理令に基づき、カメラ、交換レンズ、8ミリカメラの輸出抑制措置が実施された時に、通産省から認定された写真業界6団体から外された中小の写真光学関連企業が集まって輸出枠を確保するための団体として1973年3月に「日本写真光学輸出協議会(JPEA)」として設立されたのが最初で、輸出貿易管理令撤廃後は、関連企業工場見学会、写真光学機器関連の講演会、会議などを行い、多層膜コーティング技術、レンズ研磨廃液処理、共通マウント開発などの勉強会、米国のカメラ誌モダンフォトグラフィー、ポピュラーフォトグラフィー誌幹部との懇談会、1974からフォトキナへの46社の共同出展、などを行ってきましたが、1979年には「日本写真光学経営者協議会;JPEA」となり、フォトキナへの共同ブースへの出展、国内外光学企業への工場見学、勉強会などを行い、2003年7月には「写真映像経営者協会(JPEA;Jonit Photo Imaging Association)」と変え、これは海外会員が増えるにつれ、日本という名称がそぐわなくなってきたことなどによるわけですが、最近は写真映像経営者協会;JPEAはそのままで「Joint Photo Electronics Association」と変更していました。

≪第45回総会にあたり挨拶をする中谷幸一郎会長≫

≪歴代会長経験者がJPEAの思いでを語りました。右から、専務理事の大内まち子氏、駒村利之氏(駒村商会)、萩原達俊氏(三共光学)、中谷幸一郎氏(ベルボン)、山木和人氏(シグマ山木道廣名誉会長のご子息、現シグマ社長)≫
 歴代会長は、1974年:山崎義雄氏、1975〜1990年:山木道廣氏(シグマ)、1990〜91年:駒村利之氏(駒村商会)、1992〜93年:鈴木健男氏(エース光学)、1994年:三井彬生氏(日成貿易)、1996〜1997年:萩原達俊氏(三共光学)、1998〜2001年:中谷幸一郎氏(ベルボン)、2002〜2005年:駒村利之氏、2006〜2009年三井彬生氏、2010〜2019年:中谷幸一郎氏でした。


≪毎年総会の時には特別記念講演会が開かれていました。左:元ニュースキャスターの磯村尚徳氏の講演(2015.06)、右:写真業界紙、AVレポート吉岡伸敏氏の講演(2016.06)≫

≪左:2014年と右:2016年のフォトキナにおけるJPEAの共同出展ブース≫
≪いつもアメリカからの写真光学関連のニュースを送ってくれていた特別名誉顧問のJames.L.Chang氏(IPC)左と大内まち子専務理事(2012.9フォトキナにて)≫
 また、1978年に専務理事となられた弥冨邦夫氏がなり1990年に逝去されましたが、1991年には国連の機関であるIPC(国際写真会議)のなかに故弥冨氏を記念した奨学基金を設立し、毎年総会時には写真関連学科をもつ千葉大学東京工芸大学東海大学のうち1校を選出し、所属学生の研究テーマに対し奨学金を授与していました。
 2012年の5月24日には光産業関係の異業種交流会「光交流会」と合同フォ−ラムを私の仲立ちにより実現しました。以後、JPEA会員と光交流会会員は、相互の講演会フォーラムに参加できるようになりました。なお、私は縁あって光交流会のサポーター、JPEAの特別顧問という役をいただいていました。

≪総会後、駒村利之氏の乾杯の音頭で業界関係者を含めて懇親会が行われました≫
 JPEAは、2019年3月をもって解散しますが、2018年9月のフォトキナには最後の共同ブースの出展行い、2019年3月以降は、メーリングリストなどで連絡網を温存させ、必要に応じて有志で集いを持とうと約束されましたが、3月の時点では特別な解散式は行わないということです。 (-_-;)