写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

コンタックスT2のゾナー38mmF2.8

 コンタックスT2が発売されたのは1990年のことでした。このカメラは非常にユニークで、当時、京セラとなったヤシカが、初めて出した高級コンパクトカメラでした。何が、高級かということになるのですが、外装が梨地仕上げのチタンカバー、サファイアガラスのファインダー窓、ガラスブロックプリズムのファインダー光学系、多結晶サファイアのシャッターボタン、セラミック製のフィルム圧板など、京セラならではの素材を積極的に注入し、贅沢の粋を尽くしたものでした。
 もちろん贅沢なのはそれだけではなく、価格は12万円で、高級な化粧箱に収められ、カメラ機能にも随所にその考えが表れています。その1つが、AFなのにマニュアルフォーカス撮影ができたことです。それまでのコンパクトカメラは、AF機ではマニュアルのピント設定はできなかったのですが、コンタックスT2で初めて可能となったのです。以後、高級コンパクトカメラの条件として、チタン外装、マニュアルのピント設定などは標準仕様となりました。

 ところで、もう1つ贅沢な部分がありました。撮影レンズの“ゾナー38mmF2.8”なのです。焦点距離と開放F値からすると、特に目立つ仕様ではありません。レンズ構成も絞りを挟んで前群3枚、後群2枚貼り合わせの4群5枚ですが、当時の技術資料を見ても高屈折ガラスを使用とは書いてありますが、それ以上の細かいことは言及されていません。ところが、このカメラは使った人のみ知る、面白い特性があったのです。1)赤がきわめて鮮やかに発色するのです。当時は、マキシム・ド・パリのひさしの赤の色再現にびっくりしました。2)人物のポートレイトを撮影すると、肌色が実に滑らかに柔らかくいい感じに再現されるのです。これも不思議でした。京セラのレンズ担当者に聞いてもそんなことはない、普通のツァイスレンズだというのでした。ただこれには、ただしピントが合えばという条件がありました。T2はすべていいことずくめではなく、室内でAFが弱かったのです。当時、宴席で撮影するとピントが合わないのです。調べてみると赤外線アクティブの三角測距方式ですが、赤外線が連続的でなくパルス波のように間欠的にポッ・ポッ・ポッと投射されてるのです。それ以上細かいことはわかりませんが、当時の赤外線アクティブにはなかった新方式なのです。その後、単純にお酒を飲んだらT2を使わないというように密かに決めていましたが、どうしても“ゾナー38mmF2.8”の描写は気になりました。そこで、とあるレンズ屋さんに調べてもらうと、群馬県にあるHOYA-SCHOTT社の硝材を使っているというのです。それも一部にドーピング材が添加されているというのでした。何か、わかったようなわからない話でしたが、それでも何となく普通の玉とは違うのだと、当時は納得してしまったのです。
 それから20余年経った先日、写真仲間とカメラ談義に花を咲かせて、T2ゾナー38mmF2.8の描写はすごいという話で盛り上がったのですが、何とその場にいた深川精密工房の大澤さんが、T2のゾナー38mmF2.8レンズをボディから取り出して距離計連動のライカマウントレンズに改造してくれるというのです。そうですか、とばかりに1本提供いただき、さっそくフィルム時代の神話はデジタルの時代でも生きているのか、いまや僕の定番となった、フルサイズライブビュー撮影の可能な「ライカM」で試してみました。先に結論をいいますと、神話はやはり生きていたのです。

ゾナー38mmF2.8:コージーコーナーの店先で】絞りF2.8・1/180秒、ISO200、ライカM、彩度:標準。たまたま歩いていたらマキシム・ド・パリのような感じの赤で統一されたお店を見つけたので、撮影しました。鑑賞するモニターによっても発色傾向は違いますが、僕が常用しているモニターでは明らかに赤の発色がいつもより鮮やかです。


ゾナー38mmF2.8:ポートレイト】絞りF2.8・1/250秒、−1.3EV露出補正、ISO200、彩度:標準、ライカM。人物のポートレイト。頬にわずかにマゼンタが浮き、好ましく撮れています。フィルム時代の、つながりのある滑らかな肌の階調再現はモニター上では、いわれてみればというところでしょうが、いい感じです。


ゾナー38mmF2.8:ゼラニウム】絞りF2.8・1/250秒、ISO200、彩度:標準、ライカM。コージーコーナー店頭の赤は人工的な色材による赤ですが、天然の赤ならどうだろうかと念のため深紅のゼラニウムを撮影してみました。やはりこの場面でも鮮やかに描出されています。また、赤、ピンクと微妙な色違いもきれいに再現されていますが、こちらはカメラ性能に大きく依存する部分だと考えます。
 ところでゾナー関係の話題といえば「ソニーRX1」のゾナー35mmF2です。RX1そのものは2012年11月に発売以来好調のようで、先日はカメラグランプリ受賞で、新聞に王冠とともに全面カラー広告を打ったり、「解像感を研ぎ澄ます」とうたい光学ローパスフィルターレスの「ソニーRX1R」まで7月に発売しました。コンタックスT2も高価でしたが、ソニーRX1も高価です。でも、なぜ人気があるのかじっくりと考えてみたいものです。