写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

レンズが1/4カットされた「キヤノンA-1」

 世の中にはいろんなカメラがあるものです。写真は“キヤノンA-1”ですが、ボディはあちこちがポケットのようにカットされ、交換レンズは1/4カットされています。普通カットモデルというとズバリ1/2にカットされ、動作はできませんが、こちらの1/4カットモデルは電池を入れれば動くというのです。何で、こんな珍しいカメラが僕の手元にあるのかということになりますが、僕の写真仲間であり、このブログにも時々登場願っている神原武昌さんから預かったものです。神原さんは、現在はご自身で知的財産事務所を開業されていますが、それ以前にはアメリカのIT企業で特許部門に長らく勤められていました。
 神原さんによると、このキヤノンA-1は、キヤノンアメリカ企業に特許を説明するために必要カ所を破断したものだというのです。それも時のアメリカ大統領であった、ジミー・カーターさんにも見せたものだそうです。キヤノンA-1は1978年の発売で、1976年に発売されたキヤノンAE-lに始まるAシリーズ一眼レフカメラの最高級機種で、完全デジタル制御による電子カメラでした。カーター大統領の在任期間は1977年〜1981年まででしたから、時代的にはピッタリ合致します。
 なるほどね!ということで思い出したのが、右の写真です。これはキヤノンA-1用のブレッドボード(試作用基板)です。当時1978年発売のA1をさかのぼること、2年前の1976年に発売された“キヤノンAE-1”は、カメラのシーケンスコントロールマイコンによるCPUコントロールにして、シリーズで800万台を超える一大ヒット商品となったのです。このようなCPU制御を最初にカメラに持ち込んだのは1972年発売のポラロイドSX-70でしたが、本格的なシステム一眼レフに導入したのはキヤノンAE-1が最初でした。ポラロイドのSX-70テキサスインスツルメンツ(TI)のICを使いましたが、キヤノンAE-1もTI社のCPUを使ったと聞いてます。そして1978年発売のキヤノンA-1は初めて、カメラ専用に開発されたマイコンを搭載しました。これらICの規模は4,000ゲートとされ、汎用IC180個に相当するというものでした。写真はそのときの機能検討用のブレッドボードですが、表に見える2面のほか裏に2面あり、合計4面だそうです*1
 ところで、ICとかCPU制御とか難しい感じの話ですが、簡単に言うと、それまでの機械制御式カメラでは、シャッターボタンが押される→ミラーがアップする→絞りを絞る→シャッターが走行する…………などなど一連の動作が機械的につながっていたのを、すべて電気的なつながりでマイコンの指示で行おうというものです。この結果、部品をユニット化することができるようになり、さらにユニット間の調整が楽になるというもので、大量生産が可能となり、高機能ながら製造コストも引き下げられ、結果としてAE-1は一大ヒット商品となったわけです。実は、このような技術的な動きについていけないカメラメーカーが、脱落していくことになるわけです。ミランダやペトリカメラがそうだといわれていますが、会社は倒産しないまでも、一眼レフカメラの製造から撤退せざるを得ないメーカーが続いたのも事実です。それだけ、カメラのCPUコントロール思想のもたらした影響は大きかったのです。この後に、オートフォーカス技術やデジタル一眼レフの導入など、さらなるフルイにかけられて、今日のカメラメーカーというかカメラ産業は存在するわけです。
 そこでレンズ1/4カットモデルは、どのような技術解説をするために製作されたのでしょうか。もちろん神原さんの口からは当事者であるかどうかを含めて、何もでてきません。当然、このことは堅い守秘義務の範囲のことであり、これからも明らかにされることはないでしょう。ただ一言、おっしゃったのは“プロパテント”という言葉でした。プロパテントとは、特許権をはじめとする知的財産権を保護強化することです。写真関連の企業が、プロパテントへの考えを明確に意識した事件は、1976年にポラロイド社がコダック社に対しインスタントフィルムの製造にあたり特許侵害したと訴えたことです。この訴訟は長い時間をかけて争われ、1985年にポラロイド社が勝ち、その結果、コダック社は1千億円の損害賠償をポラロイドに支払い、過去に販売したカメラをすべて回収することになったのです。この事件でアメリカ企業は、パテントがお金になるということをはっきりと認識したというのです。そして1992年には、日本のミノルタが、カメラのオートフォーカス機構に関する特許について、ハネウェル社から、特許侵害だと訴えられ、166億円もの和解金を支払わされました。その結果、キヤノンニコンコニカオリンパス、京セラ、旭光学、リコー、松下電器コダックなど、世界のカメラメーカー15社がそれぞれの製造量に応じた特許使用料をハネウェルに支払うことになったのです*2。このキヤノンA-1はカーター大統領にも見せたということで、その後のハネウェル訴訟の時期以前に登場しているのですから、また別の目的で使われたのでしょう。いずれにしろ、“1/4カットモデル”は、カメラ技術史にとっては大切な時代の証言者となるカメラであるわけです。神原さんはそれだけ貴重なものを個人で持っておくわけにはいかないと、僕に預けたのです。僕としても同様であり、そのまま日本カメラ博物館へ寄贈してもらいました。

 ●この方面にくわしい方からAE-1・A-1・T-90に関する追加情報です
 実はさすがに、AE-1、A-1の時代はミラーとシャッターの連動のようなシーケンスはメカ連動でした。全体のシーケンスのスタート、シャッターの計時・制御、フィルム感度や絞り・シャッタースピードの情報入力が電気的に行われています。また、AE-1では「抵抗」によるアナログ信号を用いていた部分がA-1では完全にデジタル信号化されました。シーケンス制御が完全に電子化されるのは、T-90を待たねばなりませんでした。

 ■日本カメラ博物館特別展『カメラQ&A カメラがわかる展』
 日本カメラ博物館では、子供たちの学校の夏休みに向けて、表記タイトルの特別展を10月20日まで開催中です。カメラの原理、レンズの原理、カメラの歴史、カメラの進歩などのほか、特大空撮カメラから水中カメラなど用途に応じた様々なカメラなど、フィルムカメラから最新デジタルカメラまでカットモデルや分解パーツなど、カメラを理解するうえで役立つ展示をしています。上で紹介したキヤノンA-1も展示されてます。
 会場の展示概要は、こちらをクリックすると動画で見ることができます。


 オリンパスOM-D E-M5のカットモデル


 ニコンD4のカットモデル

*1:瀧島芳之著:カメラエレクトロニクス入門心得帳、1982、オーム社

*2:小倉磐夫著:オートフォーカスとハネウエル事件、新装版・現代のカメラとレンズ技術、1995、写真工業出版社