写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

沈胴トリプレット35mmF3.5レンズ

 一眼レフの交換レンズにパンケーキレンズというのがありますが、正しくはpancake style lensとでもいうのでしょうか、薄型レンズを指していうのが一般的です。パンケーキレンズは、フィルムカメラの時代から、35mm一眼レフ用に焦点距離40〜45mmクラスで各社交換レンズシステムの中にいくつかありましたが、デジタルの時代になって小型・軽量のミラーレス一眼用交換レンズとして再度注目を集めるようになってきました。オリンパスM.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8、パナソニックLUMIX G 20mm F1.7 ASPH、ニコンの1 NIKKOR 10mmF2.8がそのあたりです。いずれも薄型からの制約で単焦点レンズであるわけです。しかし、かつての35mm一眼レフ用パンケーキレンズに対し、最近のミラーレス用のパンケーキレンズは画面サイズとF値が違うのです。しかも光学設計上のレンズタイプとしては、かつてのライカ用レンズのように、ミラーがない分背後にレンズが飛び出してもいいわけですから、設計の自由度は増すということになります。
 そこでライカ用の薄型レンズは沈胴は別にしてどんなのがあるだろうかと考えるわけですが、もともとは薄型レンズとして僕のお気に入りレンズには「ライツ ヘクトール28mmF6.3(1935年)」や「キヤノン25mmF3.5(1956年)」があります。この時期たまたまハヤタ・カメララボの根本泰人さんにお会いしたら超薄型の「宮崎PERAR35mmF3.5レンズ」というのを使っていました。このレンズ簡単にいうと「ライカMマウント沈胴式トリプレットタイプの35mmF3.5レンズ」です。なんでも3群3枚構成のトリプレットタイプの研究を極めた結果で、前後2枚の凸レンズの間に配置された凹レンズにタンタル系超高屈ガラスを採用し、一般的なトリプレットレンズの倍の肉厚を持たせることで、テッサータイプを上回る性能を持つ高性能35mm広角レンズとしてを開発されたというのです。また6面全面にマルチコートを採用した結果、光線透過率は97%という数値を達成し、MTFは55%/40本というハイコントラスト・高解像レンズだというのです。さらに最適配置された完全円形絞りの採用により、トリプレットとは思えない美しいボケが得られるというのです。※右上の写真は沈胴状態。リコーGXRマウントA12に取り付けてあります。写真からするとレンズ鏡胴部が錯覚で出っ張って見えますが、この状態では社名と距離メートル表示が刻まれた面と完全に同じレベルにあります。
 さっそく根本さんから拝借したので、その写り具合を簡単にレポートすることにしましょう。まずは「宮崎PERAR35mmF3.5」がどのくらい薄型か、単独で沈胴させた状態(右上写真)とボディに装着してみた状態を、「ヘクトール28mmF6.3」と「キヤノン25mmF3.5」と比較してみました。

 いかがですか、みな薄型であることはご理解いただけたと思います。ちなみに宮崎35mmF3.5はレンズを引き出した状態でボディ側のマウント基準面から約14mm(沈胴状態で約4.5mm)、ヘクトール28mmF6.3は12.5mm(Mマウント状態)、キヤノン25mmF3.5は15.5mm(Mマウント状態)飛び出すわけです。いずれにしても実際の使用状態では、宮崎レンズには専用フードを、僕のキヤノン25mmには片ネジのフィルターを装着して使用するわけですから、さらに出っ張り具合は微妙に異なるわけです。
 実写に入る前に、それぞれをレンズタイプから考察してみましょう。宮崎35mmF3.5はレンズ構成のタイプとしては3枚構成のトリプレットとされていますが、前後2枚の凸レンズの間に配置された凹レンズというあたりは通常のトリプレットタイプと大きく違うことはありません。しかし凹レンズに高屈折のタンタル系ガラスを使ったというのがミソのようです。またヘクトール28mmは3群5枚構成で、前後に貼り合わせの凸レンズ、中間に凹レンズを配置した構成で、貼り合わせレンズを1枚として見ると、かなりトリプレットに近い構成ということができます。またキヤノン25mmF3.5は、トポゴンタイプに平行平面ガラスを配置した、3群5枚構成とした特殊なタイプで、発売当時は明るい超広角レンズとして多くの写真家に使われ、一世を風靡しました。このように考察してみて気づいたことですが、いずれも対称型レンズというわけです。特にトリプレットタイプの特徴としては、中心部が大変シャープで、設計の具合によっては画面全体にシャープな画像も期待できますが、レンズ構成枚数が少ないことにより色再現がクリアでヌケのよい描写が期待できるわけです。
 さてさて宮崎35mmF3.5はどのような写りをするのでしょうか。特に宮崎レンズは凹レンズに肉厚のタンタル系超高屈ガラスを採用し、テッサータイプを上回る性能を持つというのです。一般的に3群3枚構成のトリプレットと3群4枚構成のテッサータイプの画質と違いは、画像の平坦性だとされています。トリプレットは中心がシャープでも周辺はつらいといわれていますが、テッサータイプは画面全体にわたって良像特性があるということです。その点においてはキヤノン25mmがトポゴンタイプに平行平面ガラスを入れて収差の補正を図ったというのも理解できることです。

【宮崎PERAR35mmF3.5】沖縄那覇市福州園、ライカM9、絞りF5.6・1/500秒、ISO160
 実写は宮崎レンズだけに限らせてもらいました。いかがでしょうか、やはりトリプレットらしくかなりシャープな写りを示しますが、残念ながら最周辺はやはり流れが認められます。根本さんによると、フィルムでは絞り開放からそのようなことはないということですので、ライカM9というか、フルサイズデジタルならではの厳しさかも知れません。むしろデジタル時代はAPS-Cがスタンダードなので、リコーGXRマウントA12やエプソンR-D1を使えば、画質的にはまったく問題ないことになります。トリプレットのレンズというと、35mmフィルムカメラではローライB35(1969年)のトリオター40mmF3.5、ニコンミニAF600(1993年)のニコンレンズ28mmF3.5マクロなどが知られていますが、いずれも描写特性には定評があり、レンズ構成としてもトリプレットは良く写るのです。
 かつてフィルムカメラ最盛期の1900年代に、コニカ、リコー、ミノルタペンタックスなどの各社からライカスクリューマウントの限定品レンズが発売されたことがありました。そのときの生産本数は、おしなべて2,000本ぐらいでした。今回の宮崎35mmF3.5は約200本の限定生産と聞きました。デジタルの時代にあって、ますますレンズ遊びが手軽に行えるようになったわけですが、こういう個性派レンズを生産販売するのも日本であるわけですから日本の光学産業も幅広いわけです。