写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

「お散歩カメラ」と「通勤カメラ」

 いつもカメラを持って歩きたい。そして、あわよくば傑作を撮りたいと考えるのは、写真好きの人なら誰もが考えることでしょう。というわけで、いつも気軽にカメラを持って歩きたいと考えることに対して、近年しっかりと根付いたのは「お散歩カメラ」という言葉ではないでしょうか。もちろん“お”を付けない「散歩カメラ」であったり、「カメラ散歩」であったりするわけですが、僕としてはこれはデジタルカメラ時代の副産物だと思うのです。最初に戻りますが、僕がいつもカメラを持って歩きたい、と考え出したのは中学生ぐらいからですが、フィルムカメラ時代はなかなか実現できませんでした。それが100万画素を超えたコンパクトデジタルカメラが1998年に出現してからは、カバンのなかにはほとんど毎日コンパクトカメラが入るようになりました。先日も、出勤の直前にカバンを取り替えたらカメラを入れ忘れましたが、何かその日は一日落ち着きませんでした。で、僕の場合はお散歩カメラでなく「通勤カメラ」とでもいうのでしょうか、仕事に行くとき、どこかへ出向くときは、必ずカバンの中にはカメラを忍ばせています。もちろん仕事の記録ということもありますが、あるシャッターチャンス(決定的瞬間?)にでも出くわしたらラッキーということになるのです。フィルム時代でなくデジカメ時代になったらというのは、カメラの大きさでなく、どうやら撮影後の現像期限を気にしなくていいとか、撮影日時がexifデータとして残っているのも後押ししているようです。フィルム時代だと、春夏秋冬が入ったカレンダーフィルムはもってのほかだったのですが、デジタルならOKというわけです。

 そこでご覧に入れる写真は、西武新宿線中井駅を降りて都営大江戸線中井駅に乗り換える途中の妙正寺川を渡る橋のたもとを見て“うーん!”とばかりに立ち止まってしまった時のです。なぜか柳の古木が川の柵に両手を添えて悲しそうに水の流れを見ているように見えたのです。これは!とばかりに後ろから、前からとシャッターを切りましたが、いずれ何かに使えるかなということですっかり忘れていました。2007年3月9日のことでした。

 この道は、ここ数年、春先から夏まで中野坂上の大学に通うための経路ですが、2010年の6月24日に脇を通ってびっくりしました。あるべき柳の木がないのです。近くに駆け寄ってみると、まだ切り株も新しく伐採されたばかりでした。おがくずが周囲に残り、切り株のすぐ上には『寺斎橋脇の樹木に関するお知らせ。この場所に植わっていたヤナギの木は枯死により伐採しました。新しい木は、植栽の適期である「真冬」に根の撤去工事とと植栽工事を行います』と新宿区道路課担当部署の名前と電話番号が記されていたのです。どうして伐採したの?という疑問は誰もがもつでしょうし、自然保護の立場から抗議をする人もいるだろうということに対する告知のようですが、時代を感じさせます。僕がびっくりしたのは、まるで切り株に、目と鼻と口があり、泣いているように見えたのです(いかがですか)。2007年の“手すりに両手を添えて川の流れを見ている後姿”、2010年の“泣いているように見える切り株”、偶然といえばそれまでですが、妙に生々しい感じがしました。そして、年明けの2011年4月7日に同じ場所を通ると、小さな木が植えられていました。ところが具合が悪いことにこの日に限って年に数日の手元にカメラがなかった日なのです。改めて次週14日が晴れることを願って、その日を心待ちにしました。4月14日は快晴、カメラを持って近寄って見ると、小彼岸桜、寄贈・長野県高遠町平成23年4月29日となっているのです。どうしてヤナギが小彼岸桜になってしまったのだろう、なぜ寄贈日付以前に植わっているのだろうなどとも考えましたが、よくよく調べてみると、日付の件は別にして、高遠藩の藩主内藤家は、宿場内藤新宿の現在の新宿御苑一帯に下屋敷があった縁で、新宿区と旧高遠町(現伊那市高遠町)が1986年に友好都市協定を結び今日に至っているということで、高遠城址の小彼岸桜は有名で、それが縁で寄贈されたらしく、新宿区内のあちらこちらに小彼岸桜が植樹されています。初めて柳の後ろ姿を見たときには、昔妙正寺川の畔は柳が植わった色町だったのかなとか、想像を巡らしたのですが、やはり時代的にはサクラなのでしょうかね(青々とした葉の柳の姿はグーグルのストリートビューで確認できました)。
 さて、今回はふとしたことから、1本の柳の木を撮影して、それに伴い中井あたりは昔どんなところだったのだろうかと調べましたが、駅を抜けるといくつかの坂があり、閑静な住宅街であることがわかりました。また妙正寺川にはかつてはホタルが飛び交い、神田川と落ち合う落合あたりは染色業が盛んだったようで、よく見て歩くと川沿いは今でもその名残をとどめています。そして近くには、かつては将軍家の狩猟地で、現在も湧水のあるおとめ山公園があるなど、ゆったりの「お散歩カメラコース」なのでした。近日中には、こういった樹木の姿ばかり集めた写真展でもやろうかなと考えています。