写真にこだわる

写真の楽しみ方それぞれ。デジタルからフィルムまで、さまざまな話題を提供します。市川泰憲

現代のベス単フード外しに挑戦

 ベス単のフード外しの描写について掲載したところ、意外と多くの方々からご意見をいただき、盛り上がりました。そこでこの時期、改めてベス単のフード外しの描写を僕なりに再現してみようと試みましたので報告いたします。
 まず用意したのがベス単のレンズです。写真に見るように、キヤノンEOS1-DsMarkIIに、ライカR→キヤノンEOSマウントアダプターを介してライカR用のヘリコイド中間リングを接続、その先端にベス単のレンズを取り付けました。写真右にあるのは、オリジナルの「Vest Pocket Kodak」つまりベス単です。ここに掲載のモデルはベス単では第3世代です。裏蓋に手書きでデータを書き込めるオードグラフィック仕様で、1915年以降の製品といわれています。右VPKカメラのレンズ部をご覧いただくとお分かりのように、絞りを兼ねたフードが装着されていることです。このフードを左のEOSのように外すことにより、軟調描写の写真が得られるわけでありまして、VPK本来の描写とは異なるわけです。ところで、このベス単のレンズの構成はどのようになっているのでしょう。左の図に示すように被写体側に凹面を向けたメニスカスの張り合わせ色消し単玉で、一般的には約72mmの焦点距離をもつとされています。図で絞りと書かれてある部分がVPKのフードであり、被写体側に凹面が向けられ、ある距離をもって絞られていることにより非点収差が除かれるというものです。
ベス単のフード外しでは、この絞りを外してしまうわけですから、明るくなる反面非点収差は除かれるどころか最大限発生するわけですから、撮影後の画面はフレアがあふれ独特の軟調描写になると考えられます。
 ところでVPKのもともとは裏紙付きロールフィルムの127を使っていました。この127フィルムで、4×6.5cmの画面サイズで8枚の撮影が可能ですが、ここでは『現代のベス単フード外しに挑戦』というわけですから、デジタル一眼レフのEOS1-DsMarkIIを使いました。なぜ、EOS1-DsMarkIIかというと、アダプターの組合せで簡単に撮影態勢を準備できること、なるべく大きな画面サイズということでライカ判のフルサイズであること、最新の機種では色収差がソフト的に除去されてしまうおそれがあること、などが考えられたからです。
 ベス単のフード外し描写をを35mm一眼レフで楽しむことは、1974年にベス単研究家でもあった故鈴木八郎さんがペンタックスギャラリーの機関誌である「ミラーイメージ」にアサヒペンタックスとヘリコイド中間リングを組み合わせて行うことを特集で紹介されていましたから、すでに実績あることですし、1986年にベス単の描写を求めて発売された「キヨハラソフトVK70R」も当初は35mm一眼レフを対象としていましたので、この点においても問題ないというか、近年ではベス単の描写は35mmのライカ判で楽しまれていたわけです。
 ということで、早速、ベス単レンズを装着したEOS1-DsMarkIIを持ってご近所に撮影に出向いてみました。その結果、何となくそれらしいものが撮れましたので、2枚ほど紹介しましょう。


絞り優先AE(F6.8・1/500秒)、キヤノンEOS1-DsMarkII、ISO800、AWB、PhotoshopB&W化◇
 僕の住んでいる町は、新宿から電車で30分ぐらい。駅前には25階建てのランドマークタワーもあるのですが、少し離れると今なお武蔵野の面影を色濃く残した風景が点在するのです。ベス単での作例は、こんな昔ながらの場所でといつも決めているところで撮影しました。農家の庭先には土壁の蔵があり、その垣根は柊で、庭からは雑木の葉がうっそうと茂り、畑では昔ながらにこじんまりと野菜を作っている所にやっと軽自動車が通れるほどの小路があるのです。この小路に添景として家族連れが歩いている所をねらいました。一番前から、女の子、胸に赤ちゃんを抱いたおばあさん、スーパーのレジ袋を提げたお母さん、杖をついたおじいさんの順のようですが、みごと世代順の動きが写し止められました。とくに4人の衣服の白い部分はフレアで輪どっています。これが、正にベス単フード外しの描写であるわけです。オリジナルはカラーですが、昔ながらの雰囲気をだすためにモノクロ化しました。


絞り優先AE(F6.8・1/500秒)、キヤノンEOS1-DsMarkII、ISO400、AWB◇
 もう一枚はベス単のフード外しを現代にデジタルで再現するわけですから、カラーでその描写を見ていただきましょう。こちらもご近所の菖蒲園でのひとコマです。日曜日の午後、梅雨の合間のわずかな日照ですが、花見の客が多いなか、うまい具合に日傘をさした女性がベンチに座っていました。歩行者が途絶えたところで、すかさずシャッターを切りましたが、こちらも日傘にフレアがきれいに輪帯を描いています。手前の菖蒲の紫と白の花はフレアがきれいに重なり合っており、カラーならではの描写であると考えるわけです。
 このフレアがきれいに輪帯を描くのが正にベス単フード外しの描写であると教えてくれたのは、元朝日ソノラマの編集長でベス単派の同人誌である「光大」の最終号を編集し、現代のベス単研究家でもある萩谷剛さんです。萩谷さんによると、和服を着て白い日傘をさした女性を狙い、日傘がフレアできれいに輪帯を描くのが理想のベス単の描写であると教えてくれたのは、今から15年以上も前のことでしたが、今回の撮影にあたってそのときの言葉が妙に頭に焼きついていました。結果として、かなりそのイメージに近いものが2カットも物になったのですから、喜びもひとしおです。
◎ベス単のピント合わせ◎
 たまたま撮影直後にデータを整理しているときに萩谷剛さんと会う機会があり、早速この2枚の写真を見ていただきましたが、どのようにピントを合わせたのかと聞かれました。萩谷さんによると、なんでもピントを合わせた後に、わずかに前ピン気味に補正するのがベス単レンズの正しい撮影方法だというのです。そしてキヨハラソフトVK70Rでは回転角で5mmぐらいピントをずらすのが適切であるというのです。しかしなぜということですが、とりあえずやってみてくださいというのです。これは困りました。そこでいろいろ考え僕なりの考えをまとめてみました。それによると、オリジナルのベス単はブリリアント式反射ファインダーであり、一眼レフ式ではなく、ピントは見ることはできなく、単にフレーミングのためのファインダーでしかないわけです。しかもピントは固定焦点式なのです。そこで考えたことですが、固定焦点なら常焦点としての距離が設定されているわけです。焦点距離約72mmの常焦点距離はいくつかわかりませんが、人物撮影を主体に考えると少なくとも3〜6mぐらいの範囲ではなかったのではと考えました。この常焦点距離に対し、無限遠を含む風景などを撮影するわけですから、大いなる軟調描写が得られるわけです。しかし、キヨハラソフトもそうですが、無限遠を一眼レフでしっかりとピントを合わせてしまうのでは本来のベス単の描写とは違うということになり、ピントを目で合わせてからわずかに前ピンにセットするという技法が考えだされたのではないかと思うわけです。
 とはいっても今回のEOS1-DsMarkIIでのピント合わせは、焦点板でしっかりとピントを確認した後シャッターを切り、撮影画像を確認すると、ファインダー像を目で見たときよりもかなり軟調描写なのです。それだけ目の識別能力は高いのかもしれませんが、写した結果は、フレアいっぱいのベス単のフード外しの描写そのものとなるのです。それはそれで、面白いわけで、それ以上細かいこと、さらに昔のベス単研究は萩谷さんにお任せして、僕なりに今回は楽しい写真が撮れたと思っています。僕の友人には「キヨハラソフトVK50R」とニコンFM2を使ってモノクロフィルムで撮影し、“白い花”とかいうシリーズで個展を複数回開いている男もいるのです。そこにハマったのは、昔のベス単派の人々と思いは同じなのでしょうか。今度会ったら聞いてみましょう。